更新日:2022年09月26日 18:21
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全身が動かなくなる難病ALSに、初の治療法。「自力で寝返りを打てた」例も

再生医療の主流は幹細胞治療

 培養上清といわれても、どのような薬なのかご存じない方が多いだろう。培養上清を理解するために、まず再生医療と再生医療の主役である幹細胞について上田氏に解説してもらおう。
上田実氏

上田実氏

「広い意味の再生医療とは、私たちの体に備わった機能が失われたときに、その機能を回復するために皮膚などの組織、心臓や腎臓などの臓器を移植したり、人工心臓や透析のように医療機器を使って失われた機能を補ったりする方法です。再生医療の歴史は古く、その起源は古代ローマやインカ帝国といった紀元前まで遡ることができます。そして、最新の再生医療の主流は『幹細胞治療』です。  私たちの体は約37兆個の細胞から成り立っていますが、この膨大な数の細胞の一つひとつに役割が与えられ、皮膚や筋肉、心臓、胃などの組織や臓器が形づくられ、機能しています。これらの細胞をつくり出すのが幹細胞です」  再生能力の強さの話としてよく引き合いに出されるのが「トカゲのしっぽ」だ。トカゲは窮地に追い込まれると自らのしっぽを切って逃走するが、切ったしっぽの先から再びしっぽが生えてくる。また、サナダムシの仲間であるプラナリアは、2つに切断されると頭側からはしっぽが再生し、しっぽ側からは頭が再生して2匹のプラナリアになる。 これらの再生能力は幹細胞がもたらすものである。人間の場合は、胎児、ついで新生児に幹細胞が多く、加齢とともにその数が減少してくことがわかっている。そのため、骨折したり皮膚に傷ができたりしても、幹細胞を多くもつ赤ちゃんはすぐに骨や皮膚が再生して治ってしまう。

培養上清によるステム・セル・フリー治療とは、究極の自然治癒?

 幹細胞による再生医療は、培養した幹細胞を体に移植して、傷ついた組織や、機能を失った臓器などを再生する治療法である。しかし、幹細胞治療には、培養した幹細胞ががん化したり、幹細胞移植後に血管の中に血栓(血液の塊)ができてしまうなどのリスクを伴うことがわかっている。こうした幹細胞による再生医療のリスクを克服したのが、上田氏の研究クループによって開発された培養上清だ。 培養上清の作り方「培養上清とは、幹細胞を培養したときにできる培養液の上澄みのことです。培養上清には、幹細胞から培養液にしみ出したサイトカインや成長因子などのタンパク、遺伝子の断片であるエクソソームなど、再生を促進する生理活性物質というものが豊富に含まれています。培養上清治療では幹細胞ではなく、幹細胞から染み出した数千以上の生理活性物質を使います。この新技術は、これまでの幹細胞治療と区別するために、無幹細胞治療(ステム・セル・フリー・セラピー:Stem Cell Free Therapy)と呼ばれています。世界の再生医療の潮流は幹細胞治療からステム・セル・フリー治療に変わりつつあります。 私たちの体には、自然治癒力が備わっています。例えば、骨折すると、患部の周辺で幹細胞が増殖をはじめ、大量の生理活性物質をつくり出します。それが信号となって骨をつくる幹細胞が体中からさらに患部に集まり骨の細胞がつくられ骨折部を修復します。培養上清による再生療法は、自然治癒と同じプロセスを再現しているのです」(上田氏)  培養上清を体内に投与することで、培養上清に大量に含まれる生理活性物質が体内に存在する幹細胞を活性させて患部に集めることで傷ついたり、機能を失ったりした臓器や組織を再生する。つまり、究極の自然治癒へ導くのである。
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培養上清治療で8人中5人に効果が
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医学博士。専門分野は再生医療・顎顔面外科。 1949年生まれ。1982年名古屋大学医学部大学院卒業後、名古屋大学医学部口腔外科学教室入局。同教室講師、助教授を歴任し、1990年よりスウェーデン・イエテボリ大学とスイス・チューリッヒ大学に留学。1994年名古屋大学医学部教授就任、2003年から2008年、東京大学医科学研究所客員教授併任。2011年よりノルウェー・ベルゲン大学客員教授。2015年名古屋大学医学部名誉教授就任。日本再生医療学会顧問、日本炎症再生医学会名誉会員として再生医療の研究と臨床の指導にあたる。株式会社再生医学研究所代表。近著に『改訂版・驚異の再生医療

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