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無洗米、完成まで15年の苦労。水を使わずに米を洗う…“お尻についたガム”が難問を解くヒントに

 何事にも始まりがある。そしてそこには、想像がつかない状況や苦労も。例えば「無洗米」。忙しい現代では、家事の手間を省ける頼もしい存在だ。その誕生にはどんな裏側があったのか、無洗米を開発した東洋ライス株式会社の代表取締役 雜賀慶二氏に聞いた。

開発のきっかけは手間を省くためではなかった

発売当初のBG無洗米 パッケージ

 米とぎという家事は面倒でもある上に冬場は水の冷たさが辛い。消費者である私たちにとって、無洗米はそれを払拭してくれる存在だが、開発の目的は別のところにあったと雜賀氏。 「昭和51年に淡路島に行った時、紀淡海峡で見た海の汚染があまりにも進んでいたんですよ。以前はとても綺麗だったのでショックを受けました。そして海洋汚染について色々調べると、各家庭から排出されている米のとぎ汁も、汚染の一因であることがわかりました。私は丁度、とぎ汁の研究をしていたので、『無洗米』を開発しようと決意したんです」  雜賀氏が目の当たりにしたのは「赤潮」。プランクトンが異常に増殖し魚介類を死に至らしめることもある。米のとぎ汁に多く含まれる成分であるリンやチッソが赤潮発生の一因だったのだ。

変な奴と揶揄された

 それまで米穀業界では「無洗米を作ることは、永久運動に挑戦するのと同じくらい不可能」と言われていたと雜賀氏。開発を決意したものの、社内から反対の声は上がらなかったのか。 「会社内の反対はもちろんありました。当時は高度経済成長期で、環境のことなんて考えずにドンドン生産するのが常識でしたからね。そんな時に私は、環境を守る活動をしたいと言っていたので、社内だけでなく、経営者仲間からも影では『雜賀は変な奴だ』と言われていて評判が悪かったようです(笑)」  そうした向かい風の中、雜賀氏はなぜ無洗米の開発を諦めなかったのだろう。 「私は主義として、社会が必要としていることで、誰もまだ手をつけていないことこそ、自分が進めたいという考えだからです」  こうして無洗米の開発は、海洋汚染を食い止めるために雜賀氏の情熱を注ぎ込んで始められた。

東洋ライス株式会社の代表取締役 雜賀慶二氏

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不可能に挑戦する研究の道
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