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「客単価は2,000円」“ガンダムオタク”に愛されたバーの店主が、「値上げができず、閉店を決意した」理由

一流業界人と一介のオタクが一緒になって遊べる店だった

10年間の経営で印象的だったこと、良かったことを聞いてみたところ、小山さんは何よりも「出会い」を挙げている。 「プロフェッサーTK」が多くのガンダムオタクやガンプラ・プラモデルファンに愛されたことは、店内にある膨大なコレクションが物語っている。加えて、店舗には有名な声優やアニメーター、アニメコンテンツ関係者なども数多く来店した。 「福島にいては接点がなかっただろう業界の方々とたくさん会えたのは、10年やってきて本当に良かったなぁと思いますね。サイン色紙も100を越えるくらいあって、福島に帰ったらそれを一枚一枚見て老後を楽しみたいとは思いますけど(笑)」 特徴的なのは、その道では著名なアニメ関係者や業界人であっても、肩肘張ったり威張ったりせず「ただのアニメ好き」として来店したことだという。 「業界の方は最初、絶対に名乗りませんね。例えば大手玩具メーカーの社員が来ても『俺はあの◯◯◯◯の人間だぞ!』なんて偉ぶったりしない。でも雰囲気で何となく分かるのと、領収書を切るタイミングで分かったりしますね」
中野 プロフェッサーTK

常連客の名前ラベルが貼られたプラモたち

超一流のプロフェッショナルでも、特に肩書きのない一介のアニメ好きでも、ごく普通にガンプラを持ち込んだり、のんびりできる店。高校や大学でアニメ関連の部活やサークルに属していた人間にとっては懐かしくなる空間である。そうした店が中野で10年間も続いた意義と、間もなく去っていってしまうことの意味は、アニメ文化や中野地域を好む人々なら思い巡らせてみても良いかも知れない。

今後の中野文化、ガンプラ文化はどうなるのか?

中野 プロフェッサーTK

中野サンプラザと「プロフェッサーTK」。野村不動産は1月、サンプラザ跡へのツインタワー建築案を区に提出した。

「プロフェッサーTK」閉店も含め、中野地域の風景は今も移り変わり続けている。長らく中野のランドマークだった中野サンプラザは2023年に閉館し、駅南口や駅ビル周辺では再開発が進行。アキバ・池袋に次ぐアニメの聖地としてもてはやされた中野ブロードウェイでも、高級腕時計ショップが新たに台頭しつつある状況だ。 「『中野はサブカルの聖地』ということ自体、最近は以前ほど言われなくなった印象です。南口もビジネス街化が進んでますけど、あっちのほうは新宿の文化圏だと思っている。中野のオタク色は今後も薄くなっていって、うちの店が無くなるともっと薄まっちゃうなって気持ちもありますね。ちょっとおこがましいけど(笑)」 小山さんは中野エリアの変遷については若干厳しめな見解の一方、アニメ文化・ガンプラ文化自体には明るい見方をしている。現在の若年層はネットで多くの情報を巧みに摂取していること、ガンプラの構造自体が進化し続けていること、アニメ好きの趣味を一般に公言しても恥ずかしくなくなったことなどが理由だ。 「YouTubeの動画で見たり、Wikipediaで調べたりして、僕らの育ったころより知識を摂る量がずっと多い。20代前半で『なんでこんなにガンダムに詳しいの!?』って驚かされるお客さんも度々いましたね」 「転売ヤーなんかの問題もあるけど、それを差し引いても、これからのガンダム業界はまだ大丈夫だなって。すごい上から目線で言っちゃってるけど、まだまだ伸びしろのあるコンテンツですよ」
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心残りはガンダム最新作『ジークアクス』
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東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2〜3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草〜上野近辺、池袋周辺、中野〜高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw
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