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藤子不二雄Aほか有名作家続々。本人映像によるマンガ指導がアツい!!――マンガの描き方本の歴史6

『帽子男シリーズ』や『ギャグにもほどがある』など、作品ごとに惜しげなくアイデアを使い捨てるリサイクル精神ゼロのギャグ漫画家・上野顕太郎氏。実は「マンガの描き方本」を収集することをライフワークとし、現在、その数は200冊以上に及ぶという。 本連載は上野氏所有の貴重な資料本をベースに「マンガの描き方本」の変遷を俯瞰するシリーズである。マンガへの愛情たっぷりなチャチャと共に奥深いマンガの世界を味わいつくそう。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 連載 第六回 上野顕太郎の「マンガの描き方本」の歴史 「百聞は一見に如かず」と申しますが、百文もまた一見に如かずなのでありましょうか? のっけから何を言っているのかとお思いでしょうが、ん? 特に思わない、ああそう。つまり早い話が今回は本では無く、映像による「マンガの描き方」を取り上げてみたいと思うわけです。文章による説明だけではわかりづらい部分も、映像とナレーションでバッチリ!って寸法ですな。 ◆「藤子不二雄A先生と謎の生物が……!?」  まず最初にご紹介するのは、昭和64年発行『藤子不二雄Aのまんが入門、基礎編&実践編』(各30分/実際のタイトルは「A」の部分を丸囲み。以下同)(図1)(図2)大陸書房刊であります。当時は高額だったビデオテープがようやく廉価になり、書店販売などもされるようになってきた頃の一品。30分で1800円というのは当時としても安いと言えましょう。おまけにちゃんと藤子A先生ご本人がご出演なさっているとなれば、文句なんぞ言ったらばちがあたるというもの。そして古本屋で入手した私には、文句なんぞ言える筋は無いのであります。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=732365
漫画の描き方本の歴史6

(図1)昭和64年発行『藤子不二雄Aのまんが入門 基礎編』(30分)大陸書房刊

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(図2)昭和64年発行『藤子不二雄Aのまんが入門 実践編』(30分)大陸書房刊

 基礎編、実技編のどちらも、パッケージにはA先生よりも大きく、ペンを持った怪しいキャラクターが描かれていますが、これは本作においてA先生と共に漫画の描き方を解説してゆくオリジナルキャラクター、ガンマ君なのです。ガンマ……何かのアナグラムになっているかどうかと考える隙も与えてくれぬほどの可愛くないっぷりはどうでしょう?  このガンマ君、本編ではパペットになりA先生と掛け合いを繰り広げる事になるのですが、このパペットが絵に輪をかけて可愛くない。声をあてるのは、八奈見乗児(注1)肝付兼太(注2)かと思いきやさにあらず、ガンバやひろしや哲郎でおなじみの野沢雅子(注3)だったので二、三度びっくり。意外な事に声の芝居が加わったおかげで、可愛げのあるキャラに見えてくるからさすがです。  さて見た目のインパクトに心を突き動かされながらもつらつら見て参りますと、以前紹介した本の場合もそうでしたが、A先生の解説は実に優しく、丁寧です。そして終始一貫しておっしゃるのは、「マンガは楽しい」という事。 「マンガの勉強っていうのは、苦しんでやったんじゃ意味が無いんで、一所懸命、楽しく、愉快にね、マンガを描く事がとっても大事なわけ」 「好きな事も仕事になると辛い」というような事をよく耳にします。マンガに置き換えて考えてみると、確かに締め切りもページ数も自由に描けていた頃の気楽さは無くなるかもしれません。おまけに社会人としての責任や義務、家族を養わねばならぬ立場の人もいるでしょう。  しかし、もう一歩踏み込んで考えてみると、「好きじゃない仕事はもっと辛い」と思いますよ。マンガがどっぷり好きなら、マンガのための辛さには耐えられると思います。税金の計算で徹夜なんてまっぴらですが(俺だけか!?)、マンガのためならやれちゃいますしね(自分は極力、徹夜はしないように心掛けてはいますが……)。  そりゃ人生、仕事以外にも辛い事はありましょうが、こと漫画にかけてはA先生のおっしゃるように楽しく、愉快に、という姿勢で行きたいと思います。  2巻合わせても60分弱という内容なので、大まかに作品作りのための作業手順を見せるに留まってはいますが、マンガ初心者には分かりやすい。ここで、実践編のまとめでのA先生のお言葉。 「本当はね、マンガっていうのは教える事も習う事もとっても難しい事なんだよね。マンガっていうのは自分で発見して、自分でどんどん描いてゆく事が一番なんだよね。だからこの先は君達がひとりひとりね、自分でやる気を持って、面白いマンガをね、どんどん描いていって下さい。そしていい作品が出来たら是非ぼくの所へ送ってちょうだい。それを楽しみにしています」  A先生のお人柄が垣間見られるという点でも、非常に貴重な作品です。 ◆「動く大御所、ぞくぞく登場!」  さてお次に紹介するのは昭和59年(頃)発行、鈴木光明・監修『人気まんが家の実践レッスン、少女まんが入門』(52 分)白泉社刊(図3)であります。特別付録として「道具図解表」(図4)「まんが自己診断表」「まんが添削指導カード」(一人一作品に限り、無料で添削指導してくれるという物)等も。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=732367
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(図3)昭和59年(頃)発行、鈴木光明・監修『人気まんが家の実践レッスン、少女まんが入門』(52 分)白泉社刊

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(図4)鈴木光明・監修『人気まんが家の実践レッスン、少女まんが入門』(52 分)白泉社刊の特別付録「道具あれこれ」

 このビデオは廉価以前の価格設定がなされており、当時のマンガ少女達は頑張ってバイトして購入したであろう13000円でありますが、登場するのは、山田ミネコ(注4)谷地恵美子(注5)美内すずえ(注6)愛田真夕美(注7)高口里純(注8)和田慎二(注9)魔夜峰央(注10)酒井美羽(注11)というそうそうたるメンバー。動いているお姿を見られるだけでも貴重な上、実践的なアドバイスを受けられるとなれば、そう高いお値段ではなかったかも!? ……一人当たり1625円という事か。いいよ! そんな計算!  中身はドラマ仕立ての部分もあって中々凝っていますよ。主人公は、まんが家を目指す中学二年生、平田たまみ。彼女のマンガにかける思いを語るナレーションからの導入に地元・江の島の情景、江ノ電のショットに被るタイトル、そして流れる曲「君住む街」を歌うは杉田二郎(注12)。渋すぎ! マンガ家になる事を宣言したたまみだったが、学校の試験を蹴ってまで描き上げた初めての投稿作は落選。奮起して次作に取り組むたまみの季節は過ぎゆき、やがて作品は完成する。  ここから実技パートが始まり、各先生方が様々な要素を解説、実技と交互に物語が展開するという構成。ペンについて解説する和田先生(図5)の着ている「クラッシャージョウ」(注13)のトレーナーや、スクリーントーンの解説をする美内先生のちょっと鼻にかかった綺麗な声に気を取られているその隙に、我らがたまみは自作をプロの先生に見ていただくべく電話にて直接ご本人にアポを取るという大胆な行動に出る。番号をどうして知ったかは謎。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=732369
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(図5)鈴木光明・監修『人気まんが家の実践レッスン、少女まんが入門』にてペンの解説をする和田慎二(上野画)

 うららかな日差しがさす、どこかの公園にて批評をして下さるプロは、なんと実物大1/1の美内すずえ先生その人! 原稿は直接映らないのだが、たまみの原稿を批評する美内先生とたまみの2人が引きの構図で映し出される(図6)。先生曰く、 「人に見せる風に描かれていない」 「顔の区別がつかない」 「顔に魅力が無い」 「線が荒い」 「話が平板でありきたりで面白くない」 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=732370
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(図6)鈴木光明・監修『人気まんが家の実践レッスン、少女まんが入門』にてたまみに厳しくも丁寧にマンガの描き方指導をする美内すずえ(上野画)

 ……ひ~、すいません、すいません、もうけちょんけちょんなのであります。しかし、持ち込みで手厳しい批評を受け二度と来ないマンガ家志望者も多いと聞く中、これしきでめげるようなヤワなメンタリティーのお姉さんではないたまみ、中々のガッツであります。  場面変わって二人は仲好く手漕ぎボートの上、美内先生のデビュー以前の様子が語られます。マンガが好きだったからマンガ家を目指したが、「読み手と描き手はまったく別物」と厳しい現実を教えつつも最後は、 「これからも色んな作品にチャレンジして頑張っていって下さい」  と、たまみを励ますのであった。  その後、白泉社主催のマンガ教室に通い腕を磨いたたまみは見事入選を果たし、デビューする。そして自らデビュー作のコピーを、江ノ電から降りてくる方々に配るのだった。やりすぎだぞ、たまみ!  最後に、またもや杉田二郎の「銀色の朝」が流れる中、各先生方のマンガ家を目指す人へのメッセージが紹介されるが、ここではお二人をピックアップしてみよう。まずは美内先生。中国の故事を「マンガも同じこと」だと引用し、 「たくさん読んで、たくさん描いて、たくさん直す事で、早くいいマンガ家になって下さいね」  と励ます。そして魔夜先生は、 「マンガ家には才能は必要ありません。必要なのはセンスです。才能は磨けませんけれど、センスは磨けますからね。そのセンスというのは、すなわち、粘りと反射神経」  と説く。後に続くお話を要約すると、新しいものを素早く掴み、吸収する反射神経と、一度掴んだものをああでもないこうでもないと、こねくり回す粘りを持て、という事なのですね。  その後、色んな先生のメシスタントを経て、最近アシスタントになり、投稿用の作品も描いていると言うたまみの、あしたはどっちだ!? ◆「その他の『マンガの描き方ビデオ』」  映像でも雑誌でも明らかに少女漫画界の方が、若いうちからの新人育成に力を入れたコンテンツが多いように思える。正確な発行年月日は分からないが、私が所持している『NEW別マまんがスクール、ビデオ版実践まんが塾〈入門編〉』集英社刊(図7)『少女まんがの描き方』講談社刊(図8)の2本は非売品であり、恐らく雑誌に投稿し入選した人のみに送られる物のようだ。これらはまた、大概1~2ページというスペースで雑誌に定期的に掲載されているマンガの描き方とも連動しているようで、雑誌版もまた非売品の小冊子となる事がある。ただ、残念ながら、単行本化や小冊子化されていないものも多く、別の機会にご紹介出来ればと思う。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=732373
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(図7)『NEW別マまんがスクール、ビデオ版実践まんが塾〈入門編〉』集英社刊

(図8)『少女まんがの描き方』講談社刊

 この他にも、アイシー株式会社の『漫画の描き方』(これも少女マンガが作例として使われているし、冊子と連動もしている)などがあるし、テレビ放映されたマンガの描き方番組も幾つかあるが、それらは入門編に留まる物が多く、総じて薄味な感がある。もちろん、「入門編」としてはそれで十分かと思うが、個人的には物足りない。  実際に描く手順やペン運び等が見られるのは良いが、背景に用いられるパースペクティブ(注14)の解説等は2、3分で理解を得られるものではないだろうし、省略された説明では、かえって混乱の元になりかねない。何しろマンガの作業は案を考える部分は除いても工程が多く、煩雑だ。マンガ家によって若干の違いはあるだろうが、アナログマンガの作業工程は大まかに言ってもプロット作り、キャラクター作り、ネーム、下描き、ペン入れ、消しゴムかけ、ベタ、ホワイト、トーン等がある。本当に多いな!  実際の作品作りには、案を練る、資料を集める、取材や実地に体験するといった要素も加わってくる。……いやはや、お疲れ様です。そりゃマンガ家だけじゃなく、パン屋さんも歯医者さんも工程多いだろうけどな! いやはや働く皆様、ほんとにお疲れ様です。  これだけあるマンガの作画工程について、より深い知識と理解を得るためには、もっと尺が必要となるだろう。今後は、もっと専門的な、映像版「マンガの描き方」が作られる事を期待しつつ、私が知らないだけでもうすでにあったりしたらどうしようという、わななきを禁じ得ない、秋の日の夕暮である。 (注1)八奈見乗児:アニメ黎明期から活躍している声優で俳優、ナレーター。『巨人の星』の伴宙太や、『ヤッターマン』のボヤッキーなどでお馴染み。 (注2)肝付兼太:アニメ黎明期から活躍している声優、俳優、演出家。代表作に『銀河鉄道999』の車掌さんや、『ドラえもん』の骨川スネ夫など。 (注3)野沢雅子:アニメ声優界の宝。『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎をはじめ、『銀河鉄道999』の哲郎、『ドラゴンボール』の孫悟空の声を務める。 (注4)山田ミネコ:マンガ家、小説家。萩尾望都や山岸良子ら共に24年組と呼ばれるメンバーのひとり。代表作に『最終戦争シリーズ』『ふふふの闇』 (注5)谷地恵美子:白泉社デビューのマンガ家。代表作に『ぴー夏がいっぱい』、『オモチャたちの午後』、『明日の王様』など。 (注6)美内すずえ:代表作『ガラスの仮面』。最近、女性誌で語った「そろそろ、終わらせようかしら」という発言がニュースになった。 (注7)愛田真夕美:マンガ家。代表作に『とっておきのABC』や『チャイナドール』、『マリオネット』などがある。 (注8)高口里純:「赤いシャッポ」にて『花とゆめ』デビュー。代表作に『花のあすか組!』『ロンタイBABY』『少年濡れやすく恋成りがたし』がある。 (注9)和田慎二:マンガ家。2011年没。『超少女明日香』シリーズをはじめ、『怪盗アマリリス』、『ピグマリオ』、『スケバン刑事』など著作多数。 (注10)魔夜峰央:代表作に『ラシャーヌ!』『パタリロ!』(最新刊は92巻!)など。美内すずえのアシスタントを務めた経験を持つ。 (注11)酒井美羽:マンガ家。代表作に『ミルクタイムにささやいて』『十億少女』『抱いて抱いて抱いてダーリン』などがある。 (注12)杉田二郎:フォーク全盛だった60年代後半、ジローズを結成。大阪万博の時に北山修と共作した『戦争を知らない子供たち』が大ヒットした。 (注13)クラッシャージョウ:宇宙の何でも屋・クラッシャーを描いた高千穂遙作のSF小説シリーズ。1983年に製作された劇場用アニメーションは安彦良和の初監督作品。 (注14)パースペクティブ:遠近法の事。 文責/上野顕太郎 上野顕太郎/1963年、東京都出身。マンガ家。『月刊コミックビーム』にて『夜は千の眼を持つ』連載中。著書に『さよならもいわずに』『ギャグにもほどがある』(共にエンターブレイン)などがある。近年は『英国一家、日本を食べる』シリーズ(亜紀書房)の装画なども担当。「週刊アスキー」で連載していた煩悩ギャグ『いちマルはち』の単行本が11月中旬発売予定 ※第六回は11月上旬に掲載の予定です。
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