戦後のアメリカ・プロレス界で“悪玉日本人”を演じた日系人たち
―[フミ斎藤のプロレス講座]―

グレート・トーア・ヤマトとその“家内”ハナコ・サン。ヤマトは50年代前半、シカゴから全米中継されていたプロレス番組“レスリング・フロム・マリゴールド”にたびたび登場したため、かなり知名度の高い日系悪玉だった。ホテルの自室でハナコさんに射殺されるという、まるでクライム・ドラマのような最期をとげた。写真は米専門誌『レスリング・スターズ』(スポーツ・プロモーション・エンジニアズ社=1953年)より引用

斎藤文彦
―[フミ斎藤のプロレス講座]―
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