ジャスティンはお父さんに“誕生日おめでとう”の電話をかけた――フミ斎藤のプロレス読本#049【全日本プロレスgaijin編エピソード17】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
ジャスティンは「エイト・ハンドレッド・カンジーズ」といって胸をはった。“漢字だって800字も書けるんだぜ”なんて字幕スーパーが飛び出してきそうな感じだった。
ジャスティンはカンガク(関西学院大学)で日本語を勉強しているアメリカ人留学生だ。アメリカの大学を卒業してから、バックパッカーとして日本にやって来て、大阪の一般家庭にホームステイしながら、半年間、ジャパニーズの集中講義を受けた。
ジャスティンは、カンザスシティーにいる父親にハッピー・バースデーの電話をかけようとしていた。お父さんは51回めの誕生日を迎えたばかりらしい。
両親は離婚していて、大学に入るときに実家を出たジャスティンは、いまは別べつにふたりと連絡をとっている。ひとりっ子だから、そうするより仕方がない。お父さんのスケジュール、というかライフスタイルはよくわかっている。
「ひと晩じゅうドライブをして、明け方に家に戻ったところだなんだよ、きっと」
ジャスティンのお父さんは、アメリカ国内だったらどんなに遠いところでもだいたいの場合、車で行って車で帰ってくる。20時間くらいのドライブはなんとも思わない。ほんとうはいけないことだけれど、缶ビールを飲みながら時速120マイルくらいでフリーウェイをかっ飛ばすのが日常のワンシーンだ。そんなことを30年以上もつづけてきた。
お父さんはたいへん有名な人だが、ジャスティン自身はお父さんの仕事にはそれほど興味がない。ちいさいころ、お父さんに連れてきてもらったジャパンという国は少年時代のいちばんドラマチックな記憶だったから、またなんとなく戻ってきた。
日本語が話せるようになったらどんなにすばらしいかと思った。
「どうして学校ではケイゴ(敬語)しか教えない、ですかー?」
日本のみんながしゃべるようなジャパニーズをしゃべりたい。フツーの日本語が習いたい、とジャスティンは訴える。
あんなに偉いプロレスラーの息子にしては、ジャスティンはほんとうに素朴な青年だ。ブロンドとブラウンの中間くらいの色の髪を肩くらいまで伸ばし、それを後ろでポニーテールにしていたり、ベースボールキャップをまえ後ろにかぶったり、ピアスの穴をいくつも空けたりしているけれど、顔つきは上品でおとなしく、目が涼しい。
聴いている音楽もずいぶん新しい。レッド・ホット・チリペッパー。アグリー・キッド・ジョー。ガンズNローゼスとモトリー・クルーとメタリカは気が向いたときだけ。
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