アップルの植民地と成り果てた日本
「スティーブ・ジョブズがこの世を去り、名機と呼ばれたiPhone4Sが発売した2011年にはすでに日本の家電メーカーはアップルの“植民地”となっていました」と当時を振り返るのは、日本中がアップルの下請け工場と化している衝撃的な実態を明らかにした著書『アップル帝国の正体』を発表した後藤直義氏。
「2年半ほど前、私が家電業界の担当記者になった頃、ソニーやシャープ、パナソニックなどの家電メーカーに取材に行くと、立派な本社ビルと丁寧な対応に出迎えられ、その印象は先端の一流企業そのもの。しかし、現実はそんな漠然としたイメージとはかけ離れていました。取材を進めていくと、彼らが保有する巨大な工場では、自社ブランドの製品ではなく、せっせとアップルに納品する部品を出荷する下請け仕事に精を出していることがわかってきたのです」
同書の共著者である森川潤氏も同調する。
「iPhone4Sは人類史上始めて、単一機種で販売台数が一億台を超えた電子機器で、その売上高は7兆円以上のまさにモンスター商品。日本以外ではほとんど売れていない日系メーカーのスマートフォンとは比べ物になりません。ただし、そんな4Sを構成する部品を供給していたのが、他ならぬパナソニックや東芝など日本の名だたる大手家電メーカーであり、村田製作所や京セラといった電子部品メーカーでした」
かつてはジョブズが強い憧れを抱いていたソニーもまたその例外ではなかったという。
「iPhone4Sに搭載されているイメージセンサーは100%ソニー製。ソニーが長い年月をかけて研究開発を続けてきたイメージセンサー技術によって、4Sはそれまでの機種より圧倒的に美しい写真を撮れるようになったのです。表向きはシェアを競い合うライバル企業であるソニーの技術が、結果として4Sを名機に押し上げる一端を担ったことは、アップルが日系メーカーを『喰った』という現実を示すシンボリックな出来事だったように思えます」(後藤氏)
では、何年も前から日本企業が軒並みアップルの下請けになっていたにもかかわらず、その事実が表に出なかったのか。実は明確な理由がそこにはあった。
「アップルは取引をする際の条件として、厳格な秘密保持に関する契約を必ず要求します。そして、製品や開発内容に関して情報漏洩がある場合には数億円から数十億円の違約金を支払うことを約束させるのです」(同)
その結果、関係者は固く口を閉ざし、実態は表に出ることなくなる。
「どの会社に取材に行っても一様に重々しく語っていたのが印象的でした。みんな『アップル』という言葉すら出さず、A社や某社という言い方をしています。具体的な契約内容について質問した際には、『あなたが変わりに数十億の違約金を払ってもらえるのですか』と嘲笑まじりに応じられたこともありました。こういった厳しい秘密保持契約がアップルの存在をより神秘的、権威的にしていたように思えます。まだその会社にしか持っていない技術を有している企業は交渉の余地がある分、マシと言えますが、複数の会社で製造可能な部品の場合は、価格は徹底的に叩かれ、相当な薄利での供給を余儀なくされているのが現実です」(森川氏)
我々が気付くことないうちに日本中を浸食していったアップル。日本全体が“アップル帝国”の支配下となってしまった今、この先の未来には明るい兆しはあるのだろうか。
「大変残念ですが、仮にアップルが凋落したとしても、その先に待っているのはサムスンやLGといった外資メーカーによる同様の支配になるでしょう。実際に今年に入り実施されたiPhone減産の煽りを受け、稼働率が落ちた工場を救ったのはサムスンでした。日本企業がメーカーとして存在感を完全に失ってしまった今、どのみち新しい“帝国”に頼らざるをえないでしょう。日本全体が下請けという現状はそう簡単には変わりようがないと考えています」(後藤氏)
「Made in Japan」が席巻していたかつてのように、再び日本のエレクトロニクス企業が、世界中で賞賛を集めるシナリオは見当たらないようだ。 <取材・文/日刊SPA!取材班>
【後藤直義氏】
週刊ダイヤモンド記者。1981年、東京都生まれ。青山学院大学文学部卒業後、毎日新聞社入社。2010年より週刊ダイヤモンド編集部に。家電メーカーなど電機業界を担当
【森川 潤氏】
週刊ダイヤモンド記者。1981年、米ニューヨーク州生まれ。京都大学文学部卒業後、産経新聞社入社。横浜総局、京都総局を経て、2009年より東京本社経済本部。2011年より週刊ダイヤモンド編集部に。エネルギー業界を担当し、東電問題やシェールガスなどの記事を執筆する
『アップル帝国の正体』 スティーブ・ジョブズというカリスマの陰に隠されていた、アップルの真の「凄み」とは |
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