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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。

番外編その3:「負け逃げ」の研究(7)

 夕食は、岸山さんとご一緒した。

 もう出掛けるのが億劫だったから、滞在するホテルの中華レストランですませた。

 そこで岸山さんからうかがった話は面白かったのだが、書けないようなことばかり。

 とりわけ彼の業界では、東京オリンピック前に、どう「アガリ」となるかがテーマとなっているそうだ。

「例のIOC贈賄がバレて、オリンピックが本当に東京で開催できるのかどうか、わからないし。オリンピックが中止になったらなったで、毎日まいにち2億4000万ベクレルの放射能を大気中にばら撒いているフクシマが理由とされないから、政府も助かるのじゃないですか」

 だって。

「FさんもGさんもIさんも、日本を離れたね」

 と、わたしが共通のカジノでの知り合いを話題にした。

「あの人たちは、もうアガれる人たちだから。おカネを動かした時期もよかった。僕はまだまだ。これからです」

 だそうです。

 わたしの夜は、早い。

 だらだらと酒を飲まない。

 さっさと飲んで、さっさと食べ、9時ごろにはベッドに入っている。

 博奕(ばくち)打ちは、早寝早起き。

 健康な肉体に、健全な博奕勝利が宿る(笑)。

 肘の内側に注射ダコをつくり、徹夜で打っている博奕打ちなんて、長続きしません。

 なにしろ、

 ――早朝のカジノのテーブルには、おカネが落ちている。

 のだから(笑)。

「じゃ、僕は外で飲んできます。IさんがMGMに来ているそうですよ。いちど一緒にメシを食べましょう」

 と岸山さん。

     *          *           *

 早朝のカジノのテーブルには、本当におカネが落ちていた(笑)。

 行くべきところでいけなかった、前日の「悔やみ」がまだ残っている、と感じていたので、手が縮こまり太くは行けない。

 5000HKD(7万5000円)とか1万HKD(15万円)とちまちまと張っていたのに、卓上にはキャッシュ・チップの山ができた。

 一時など、当たるサイドを選んでベットしているのではなくて、わたしがベットするサイドが当たってしまう(笑)、という状態だった。

 朝の6時ころだった。

 隣りの卓で、突然叫び声があがった。

 それまでプレミアム・フロアの打ち手はわたし一人だった。

 ゲームに集中していて気づかなかったのだが、隣りの卓にはいつの間にか歳若い女性が二人坐っている。

 そのうちの一人が、ヘッドホーンについた小型マイクに向かい、

「ヤッ、セイ、ロック」

 なんて、大声で叫び出したのだ。

 テレ・ベッティングである。

 別名「プロシキ・ベッティング」。

 女性二人組は賭博代理人であり、実際の打ち手は電話の向こう側で、開かれたカードの数字をコンピュータに打ち込んでいる。

 世界中のカジノで原則禁止されているのだが、「プライヴェート・ルーム」でのテレ・ベッティングは、事前の許可さえ得れば、マカオでは許されていた。

 そしてプレミアム・フロアは、法的には「プライヴェート・ルーム」と分類される。

 じつはこの滞在のすぐあと(2016年5月)に、博彩監察協調局からの通達で、マカオでもテレ・ベッティングは禁止された。

 おそらく禁止の理由は、テレ・ベッティングでの収支というより、大陸の「反腐敗政策」に絡んだマネー・ロンダリング防止の目的だったのだろう。

 なにしろテレ・ベッティングでは、誰が本当の打ち手であるのか、当局が把握することは難しい。

 テレ・ベッティングは、マカオのジャンケット業者の「売り上げ」の約2割に該当するそうだ。

 だとするなら、これも巨大産業である。

⇒つづきはこちら
番外編その3:「負け逃げ」の研究(8)

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(6)

 この日は、あと2ハコ回って、滞在のホテルに戻った。

 ドサ回りの方の戦績は、良くもなく悪くもなく。

 教祖さまのいたバカラ卓での勝利分15万HKD(225万円)に、わずかだけ積み増した、という程度だった。

 滞在するホテルのプレミアム・フロアに顔を出したら、日本での友人が一人で打っていた。

 声を掛けずに、卓の背後からすこし観察する。

 万ドル・チップで博奕(ばくち)を打つ人だが、太いわけではない。

 だいたい一手が1万HKD(15万円)から5万HKD(75万円)あたり。

 流れがいいときには、話しかけない。

 これは、わたしの流儀。

 その人のリズムを断ちたくない、という思いやりである。

 仮にその人の名を、岸山さんとしておこう。

 岸山さんが、3万HKDのベットを連続で落としたときに話しかけた。

「どうなの?」

 とわたし。

「あっ、お久し振りです。まあまあですね」

 と岸山さん。

 この人もわたしと似ていて、博奕場では「悪い」とは決して言わない。

 卓の背後から見ていた間は、かなり削られているみたいだったのに(笑)。

 岸山さんは関東の人だが、どういうわけか「ホン引き(手本引き)」から賭博の世界に浸かっちゃった。

 ついでだが、バカラ屋が席捲する以前の日本の非合法賭博界は、

 ――西のホン引き、東のバッタ。

 と言われ、箱根山の東西で賭博種目が異なっていた。

「バッタ」というのは、別名「アトサキ」。

 赤黒二巻の花札を混ぜ合わせ、アトサキに三枚ずつ撒いて、9に近い数字の側が勝つ。

「ホン引き」は、豆札と呼ばれる専用札を用い、胴師が引いた1~6までの数字を当てるもの。

 高いレヴェルの勝負だと、胴師と側師(がわし)の一種の心理戦となり、その控除(テラ)率が高いのにもかかわらず、博奕としては珍しく、打ち手でも「プロ」が存在できる余地を残す賭博ゲームである。

「日本一の博奕打ち」、「最後の博徒」と呼ばれた波谷守之(はだに もりゆき)は、この種目の不世出の俊才だった。

 わたしが知る限り、関東で「ホン引き」がおこなわれている賭場(どば)は、現在存在しない。

 胴師をつとめられる者が居ないからだそうだ。

「サイ本引き」といって、豆札の代わりに賽子(サイコロ)を使ったものがおこなわれることもあるらしいのだが、控除率を考えると「ノーノー(やってはいけない、という意味)」の博奕であろう。

 話を、マカオにある某ハウスのプレミアム・フロアに戻す。

「どれぐらいの予定?」

 わたしは岸山さんに訊いた。

「香港でのビジネスの進行次第ですね。あまりおもわしくない」

 と岸山さん。

「事業を香港でも展開し始めるの?」

 この人の本業は、不動産である。

 しかし、大陸にせよ香港にせよマカオにせよ、もう不動産はバブルの破裂を待つだけ、という状態ではなかろうか。

「新規参入しても、うま味は残っていません。それより、いまのうちにカネを移動させておこうと思って」

 と岸山さん。

 これも遅すぎるのではなかろうか。

 2011年3月に、日本円がUSドルに対して76円台前半をつけている。

 その頃に、おカネを海外に持ち出した日本の人たちは多かった。

 正規の海外投資は別として、オモテに出しづらいカネの場合は、香港を経由したと聞く。

 国際金融や国税OBを核とする「香港四人衆」と呼ばれた日本人の専門集団も存在した。

 現在、「香港四人衆」が活動しているのかどうか、わたしは知らない。

 でも、その下で番頭格で働いていた一人が盛大にパンクした、という話は知っている(笑)。

 マカオでは、結構有名な打ち手だった。

⇒つづきはこちら
番外編その3:「負け逃げ」の研究(7)

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(5)

 勝利で煮崩れた頭だから、わたしクラスの打ち手でも150万円のベットを、えいやあ、と行けたのである。

 その熱がさめてしまえば、もうあかん。

 恐怖で金縛りとなってしまう。

 バンカーを指定する枠から、わたしは10枚の1万HKDチップを引いた。

 おまけに未練がましく、1000HKDチップ5枚に置き換える。

 プレイヤー、3。

 バンカー、ナチュラル・エイト。

 3枚引きともならなかった。

 カードが開かれる前から予感していたのだが、こういう展開でのクー(=手)は、なぜか楽勝してしまうものなのだ。

 どうしてそうなるのか、わたしは知らない。

 しかし、経験的にはそうだ。

 もう、悔やむこと、悔やむこと。

 裏になったカードをひっくり返しただけで、5000HKD(7万5000円)。正確には、バンカー・コミッションの5%が差し引かれた配当となるので、7万1250円相当も稼げる仕事なんて、あるわけがない。

 しかし人間の心理とは不思議なもので、この場・この時、7万1250円を稼いだとは考えず、150万円X95%-7万1250円=135万3750円を失った、と感じてしまう。

 強欲がそう感じさせる、とわかっている。

 わかっているのだが、実際に悔やんでいるわたしが存在する。

 ここが博奕(ばくち)の荊棘(けいきょく)だ。

 博奕街道には、イバラが敷き詰めてある(笑)。

 こうなってしまうと、もう次の手もいけない。

 次の次の手も。

 ここは都合10目(もく)のバンカー・ヅラとなったのだが、後半の5クーは、5000HKDのベットのまま。

 あのとき、「フィル・イン」があっても蛮勇を振り絞り、10万HKDのベット。そこを取ってダブル・アップ三連発で、わたしは直近の負けを取り戻していたはずだ。

 まあ、こういう仮定の話が頭に浮かぶようになっては、引き時であろう。

 今日はここいらへんで、堪忍しちゃる。

「カラー・チェンジ、プリーズ」

 わたしは、打ち止めた。

 ビビり、ヒヨッたおかげで、大漁とはならなかった。

 それでもわたしはこのテーブルに坐ってから1時間も経たないうち、15万HKD(225万円)以上浮いていた。

 これを繰り返せばいいのである。

 一発で負けを取り戻そうとする試みは、まず失敗する。

 これもわたしという個の経験則から導き出した結論である。

      *         *         *

 ケージ(キャッシャーおよびそこにつながる会計部門)に、残ったノンネゴシアブル・チップとキャッシュ・チップを持ち込む。

 この方法では、ローリング娘の手を煩わせる必要がない。

 ローリング計算も、ケージ内の職員がやってくれた。

 この滞在で、またこのハコに戻ってくるかどうかは不明なので、すべてHKDの現金で受け取った。

 来たときより、ほんのわずかながら上着の内ポケットが膨らんだ。

 これよりすこし前の話となるのだが、わたしの日本の知り合いが、

「バッグにキャッシュが入りきらない。どうしよう」

 とCOD(シティ・オブ・ドリームズ)のケージの前で悩んでいたことがあった。

 ああいう悩みを、わたしも一度は持ってみたいものである(笑)。

 教祖さまのいるバカラ卓に葉巻を取りに戻った。

「じゃ、わたしはアガりますから」

「あっ、そう」

 教祖さまのご機嫌は、どうやら麗しくないようである。

 お隣りの席に坐る若くて綺麗なお嬢さんが、哀しい眼をしながら、電光掲示板が示すケーセンをぼんやりと眺めていた。

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(6)

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(4)

 やられているのなら、それは悪ヅキの方である。  普通なら、そんなツキには一刻も早く逃げてもらいたいものだろう。  しかし、さすがは教祖さま。  自身が神さまなのかそれとも神さまの代理人なのか不明ながらも、荒磯さんは凡人 […]

番外編その3:「負け逃げ」の研究(3)

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番外編その3:「負け逃げ」の研究(2)

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2012.02.10 |  第2章:賭博依存の男
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