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リングマスターからストーンコールドへ――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第220回(1996年編)

 WCW在籍時代のリングネームは“スタニング”スティーブ・オースチンで、いまとなってはやや想像しにくいビジュアルではあるが、20代後半のストーンコールドはブロンドのストレートのロングヘアを肩まで伸ばしていた。  あまり役に立たないトリビア・クエスションではあるが、あのリック・フレアーの宿命のライバルで、2009年度のWWEホーム・オブ・フェームで殿堂入りした元NWA世界ヘビー級王者リッキー“ザ・ドラゴン”スティムボートの現役時代――引退試合をおこなわずに引退――の最後の対戦相手はストーンコールドに変身する2年まえのストーンコールドだった。  “リングマスター”は“ミリオンダラー・マン”テッド・デビアスを専属マネジャーにつけ、デビアスから継承したミリオンダラー・ベルトの所有者を自称したが、このキャラクターはあまりパッとしなかった。  TVマッチに初登場したときの“リングマスター”の髪は短めのクルーカットだったが、1996年2月のマディソン・スクウェア・ガーデン定期戦から完全なスキンヘッドにイメージチェンジし、リングネームもこの日から正式に“ストーンコールド”スティーブ・オースチンと改めた。  ストーンコールド(石のように冷たい)というフレーズは、ストーンコールドの妻だったジェイミー・クラークさんの「早く飲まないと、コーヒーがストーンコールドみたく冷たくなるわよ」という自宅のキッチンでのなにげないコメントがヒントになっていた。  ストーンコールドに再変身した時点でのストーンコールドのフィニッシュ技は、これもデビアスから継承したミリオンダラー・ドリーム(変形スリーパーホールド)で、リングコスチュームは黒のショートタイツ、黒のニーパッド、白のリングシューズというスタイルだった。白のリングシューズは典型的なベビーフェースの“衣装”だから、ストーンコールドという新しいキャラクターのイメージにはそぐわなかったため、その後、リングシュームも無地の黒になった。
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ビンスが体験した初めての敗北“屈辱の83週間”
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