はるかかなたから眺める東京ドームのプロレス――フミ斎藤のプロレス読本#165[新日本プロレス199X編10(最終回)]
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
ドーム型の巨大なシェルターのなかにいるみたいだった。
プロ野球用のナイター照明をオフにした東京ドームは、意外なくらいどんよりと暗い。スタジアムのまんなかあたりに設置されたリングとその上空だけが遠くのほうでシャープなタングステン光線を放っている。
観客が座っている明るくも暗くもない場所とリングのあいだには、どうにもならないくらいの距離がある。
天山広吉対後藤達俊のシングルマッチ、藤田和之対ショーン・マッコーリーの格闘技戦は、野球でいえば序盤戦の2イニング。大谷晋二郎&高岩竜一対金本浩二&田中稔のIWGPジュニアタッグ選手権は、ホームランで先取点が入った3回表裏の攻防。
ドームのプロレスは、立ったり座ったり、集中したり抜いたりしながらのんびり観戦するものなのかもしれない。
王座防衛に成功したチャンピオン・チームの高岩は、チャンピオンベルトでお客さんとハイタッチをしながら長い長い花道を引き揚げていった。
あれっ、という感じで獣神サンダー・ライガーが雪崩式垂直落下ブレーンバスター一発でケンドー・カシンから完ぺきなフォール勝ちを奪った。ずいぶんあっけない王座交代劇だった。
ドーム全体がざわざわしていて、観客の集中力がリングのほうに向いていかなかった。これはライガーのせいでもカシンのせいでもない。やっぱり、観客には観客のバイオリズムのようなものがある。
藤波辰爾&越中詩郎対木戸修&飯塚高史のタッグマッチは、ラベルがはがれた銘柄もののウイスキーで作ったカクテルみたいな試合だった。
カクテルそのものにはお洒落なネーミングはついていなくても、中身はやっぱり年代ものの芳醇なウイスキー。藤波がドラゴン・スクリューで飯塚をポーンと放り投げ、飯塚もまったく同じフォームのドラゴン・スクリューで藤波を放り投げた。
越中がパワーボムの連発で飯塚をフォールしたところで試合は終わった。「イイヅカ!、村上(一成)とやれー」という少数派のヤジはドームの天井に押しつぶされた。
武藤敬司は、ドームのリングでも心の動きのわかりやすいレスラーだった。
中西学はトーチャーラック(アルゼンチン・バックブリーカー)で5回までも武藤をギブアップ寸前まで追いつめながら、6回めのトライで左腕の逆関節を取られ、そのままグラウンドの体勢に持ち込まれて腕ひしぎが逆十字固めをパーフェクトに決められた。
中西がどんなにいい感じで攻めまくっていても、観客の視線はどうしても武藤のほうにばかり向いてしまう。それがどんな局面でも武藤の動きはひとつの“線”でつながっていて、中西のそれはブツ切れの“点”だった。
なんの予備知識も持たずに東京ドームに足を運んだビギナー層の観客にもその“点”と“線”のちがいははっきりと体感できた。
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