更新日:2022年12月10日 18:36
カーライフ

「戦艦大和並みのムダ使い」と揶揄された新東名は高速道路屋たちの夢だった

 私が現場を見た約2年後、道路公団民営化議論は決着し、第二東名・第二名神はコストダウンを行ったうえで建設続行と決定された。これに対してマスコミは「骨抜き」「改悪」と集中砲火を浴びせ、民営化の立役者となった猪瀬直樹氏を悪役に仕立て、大いに叩いた。  が、私は、この民営化は69点はつけられると評価し、第二名神の一部区間を除いて他のすべての路線が建設続行となったことに、大いに胸をなでおろしていた。あの時、大マスコミがはやしたてたように、新東名・新名神の建設が凍結されていたら、今ごろどうなっていたのだろう。その検証を行った社は皆無である。  新名神(亀山JCT-草津JCT間)は2008年2月に開通。新東名(御殿場JCT-三ケ日JCT間)も、2012年4月に開通した。それぞれ私が現場を見てから6年および10年後だった。どちらも、もともとは片側3車線の計画だったものが、民営化議論の過程でコストダウンが義務付けられ、片側2車線にされていた。特に新東名の方は、トンネルや橋梁も含め、すべての区間が片側3車線で建設されたにもかかわらず、わざわざ2車線に狭めている(約4割の区間は、”付加車線”という逃げ道により、実質片側3車線)。

現在、新東名は海老名南JCT-御殿場JCT間を工事中で、海老名南JCT-厚木南IC間、約2kmが1月28日15時に開通した

 私は新東名の開通直後、実際に走ってみて、そのカーブと勾配の少なさに衝撃を受けた。起伏だらけの山間部を、トンネルと橋梁、切り通しの連続で真っすぐ貫いたそのダイナミックさ! 机上では知っていたが、なんというゼイタクな設計だったのかを実感した。これが計画通り、全線片側3車線で完成していたら、どんなに壮観だったか。さすが設計速度140km/hを担保した構造。これがドイツなら、間違いなく速度無制限だ。  新東名・新名神は、つまり、建設省道路局の高速道路屋たちの夢だったのだ。夢はあと一歩のところで実現しなかったが、今からでも遅くない。せっかく片側3車線で造った部分は、その幅で使うべきだ。  ちなみに、工事契約が2004年以降になされた区間、つまり新東名の御殿場JCT-浜松いなさJCT間および、新名神亀山西JCT-大津JCT間以外の区間は、設計そのものが片側2車線に縮小されたため、拡幅はほぼ不可能である。 取材・文・写真/清水草一 【清水草一】 1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。『そのフェラーリください!!』をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高速の謎』『高速道路の謎』などの著作で道路交通ジャーナリストとしても活動中。2018年よりMJブロンディあらため永福ランプに改名。清水草一.com
1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。『そのフェラーリください!!』をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高速の謎』『高速道路の謎』などの著作で道路交通ジャーナリストとしても活動中
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