化学・生物兵器テロには自衛隊も国内医療もまったくの無力
そこで問題なのは医療体制です。
自衛隊病院も含め、日本の医療機関にとって、毒ガスや化学兵器などを使用した攻撃はほぼ想定外なのです。我が国は平和で安全な国でしたから、医者自体そのような攻撃に対処した経験がありません。農薬や化学薬品の管理体制もしっかりしていますから、薬品事故も起こりにくい。だから、神経剤やびらん剤、窒息剤など様々な化学物質の治療薬はほとんど備蓄されておらず、そういった薬品を医師が使った経験も浅いのです。さらに、化学テロや核攻撃に対する治療薬は、普段使うものではないので一般の病院では備蓄していません。売れない、使わない薬は一般の病院も自衛隊病院も備蓄などできません。そもそも対テロ・核攻撃用の治療薬は未認可のものも多く、国内で承認されていないものも多いのです。「無駄になるかもしれないが、イザというときに国民を救うかもしれない」医薬品を備蓄し、使えるように認可し、国の権限で必要とあれば常に更新しておくことが結局は国民の命を救う近道だと思います。
ある日突然化学テロが起き、異臭でたくさんの人が倒れている時に「毒ガスのようですが、薬はないのであきらめてください」と言われるか、「こんな日のために必要な薬剤はストックしてあります。やれるだけのことをやってみましょう」と言われるか。どちらがいいのかは言うまでもありません。
使わないかもしれない災害用の食料や毛布、仮設住宅を国家予算や地方の予算で備蓄しておくことを私たちは当然の対応と受け止めているはずです。同じように「周辺諸国からの脅威などないかもしれないけれど、念のために準備しておく」ことはおかしなことでしょうか? 将来の事柄について見通す「イラナイかもしれない」準備も不要と切り捨てられないのです。
無謀な節約チャレンジャーだった我が国ですが、いい加減に目を覚まして「備えあれば患いなし」という言葉のもとに賢く生きたいものです。だって、ただ苦しんで死ぬのはイヤじゃないですか? できたら生きていたいじゃないですか? 違うかな?
自衛隊病院には、本来の任務を遂行し活躍するべき時に備えて、一般病院が持たないNBC(核・生物・化学兵器)対応や戦闘外傷に必要な装備や医薬品を揃え、そのための技術を向上してもらいたいものです。当たり前のことですが節約よりも人命です。<文/小笠原理恵>
写真出典元:国立感染症研究所(https://www.niid.go.jp/niid/ja/usage-contract.html)おがさわら・りえ◎国防ジャーナリスト、自衛官守る会代表。著書に『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)。『月刊Hanada』『正論』『WiLL』『夕刊フジ』等にも寄稿する。雅号・静苑。@riekabot
『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』 日本の安全保障を担う自衛隊員が、理不尽な環境で日々の激務に耐え忍んでいる…… |
1
2
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ