更新日:2018年04月06日 19:48
恋愛・結婚

人生の岐路に立たされたときこそ“テキトーな占い師”を頼りたい――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第8話>

 自分の人生において大切なことはできるだけ適当に決めてきた。真剣に悩んで失敗した時のショックは大き過ぎる。適当に決めたんだから失敗しても仕方ないねぐらいの気楽さがちょうどいい。そんな私にとって、この占い師は「大当たり」だった。一部始終を見ていた幼馴染の方を振り返り、深々と頭を下げる。 「すまん、任天堂には一緒に行けなくなった」 「いいよ」 「東京で森口博子クラスのいい女が俺を待ってるんだ」 「よかったな」 「俺は任天堂よりも女を取る。マリオよりも女を取る」 「そうか」 「お前がどんなゲームを作るのかを楽しみにしているよ」 「わかった」  翌日、占い師の言葉に従って、私は東京行の新幹線に乗り込んだ。  東京で私を待っていたのは森口博子ではなく、自分の唾を変態達に売って生計を立てるたくましい女の子だった。確かに人生は変わった。アスカと付き合ってもう五年が経つ。いまだに落ち着くということを知らず、突然「水晶玉が欲しい!」なんて言い出す困った女だ。ただ、悔しいことに、水晶玉を欲しがらない女よりも水晶玉を欲しがる女の方が私は大好きだ。いじけているアスカの背中に優しく声をかける。 「やっぱり水晶玉買ってあげるよ」 「本当に? やった~!」 「どうせ買うならめちゃくちゃデカいやつを買おう」 「賛成! 日本最大!」 「こういうバカな物をたくさん買っといた方が別れる時に面白そうだし」 「うちの家、変な物しかないから、どっちが何を引き取るかで揉めちゃうね」 「仏像、人体模型、剣道着、薙刀、ろくろ、ブーメラン……まだまだあるよ」 「結局、私が欲しいって言った物は何でも買ってくれるよね。ありがと」 「そのために働いてるようなもんだしね」  三日後、家に届いた直径二〇センチのドデカい水晶玉を使って、アスカは意気揚々と占いをはじめたが、いつものように一週間ぐらいで飽きた。「ふぅ」とため息をついて、押し入れの中に水晶玉をしまった。同じように押し入れに追いやられた人体模型と目が合った。「やれやれ」といった顔で模型が笑っているように見えた。  二〇一一年、アスカと別れることになり、押し入れの中を二人で整理していた時、東日本大震災の余震が起きた。大きな揺れによって台座から転がり落ちた水晶玉が私の向う脛を直撃した。あまりの痛みに床をのたうち回る私を見て、腹を抱えて笑うアスカ。本当に素敵な笑顔だった。水晶玉を拾い上げて「これはあんたにあげるね」と舌を出しておどけたアスカ。さようなら、水晶玉が似合う私の最愛の女よ。  二〇一八年、一人きりの部屋で、毎夜、手に持った水晶玉を上下させて汗をかく私がいる。この水晶玉は筋トレにちょうどいい。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。Web「オモコロ」で「不可解漫画/どうした?!」など4コマ漫画を連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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