人生の岐路に立たされたときこそ“テキトーな占い師”を頼りたい――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第8話>
四年振りにひとつ屋根の下で家族と暮らしてみたが、どうにも親父と衝突する回数が増えてしまい、実家の雰囲気は最悪だった。すぐにでも一人暮らしをするためのお金が必要だと、知り合いのうどん屋でバイトをはじめた。家に居る時間を減らすため、朝から晩まで休みなしの週七日シフトを組んでもらったので、一年もしないうちに充分なお金が貯まった。住む場所は東京か京都のどちらかにしようと決めていた。大都会への憧れから東京、落ち着いた綺麗な街に住んでみたいから京都といったベタな理由だった。
任天堂本社に勤めていた幼馴染を頼って、まずは京都に足を運んだ。小学校の修学旅行以来の京都の街並みは予想していた通りの素晴らしさだった。綺麗に清掃された道路、風情ある歴史的名所の数々、至る所に姿を見せる美しい自然達。京都に住むことを即決した。世話焼きの幼馴染は、私が任天堂で働けるように上司に取り合ってくれるらしく、「いっしょにマリオを超えるゲームを作ろう!」と嬉しそうだった。明日は朝から部屋探しだなと、夜の三条通を歩いていた私を呼び止めるハスキーなしゃがれ声。声の主は路上占い師の婆さんだった。ノーベル賞作家の川端康成によく似たしわくちゃの顔がこちらを睨みつけている。
「もしもし、お兄さんの未来を占わせてくれませんか?」
「……おいくらですか?」
「代金は私の占いを聞いた後に決めてくださってかまいません」
「納得しなかったらお金を払わなくてもいいんですか?」
「はい、かまいませんよ」
お金が目的ではないと思わせる料金システムと落ち着いた立ち居振る舞い。この婆さん、よほど自分の占いに自信があるとみた。
「では占ってください」
「ありがとうございます。何を占いましょうか?」
「これから先、良い人生を送るためのアドバイスをください」
「かしこまりました」
「よろしくお願いします」
「では心を落ち着けて、この水晶玉を見つめてください。はい、深呼吸して……」
「……」
「……」
「何か見えましたか?」
「まず……お母さんのことを大切にしてあげてください」
「母親とは三歳の時に生き別れました」
「そうなの? 大変ねぇ……」
「……」
「小さい頃に飼ってたペットと悲しい別れ方してますね。犬とか猫とか……」
「家族が動物嫌いなので、アサリをペットにしようとしたんですがうまくいかずに死にましたね」
「アサリ?」
「アサリです」
「……」
「……」
「先祖代々、心臓に病を抱えていますね。これは良くないです」
「うちの家系は心臓じゃなくて腎臓ですね」
「あらまぁ……」
「心臓と腎臓、おしかったですね」
恐ろしいぐらいに当たらない。可愛そうになってきたので、二択で答えられる質問をすることにした。これなら少なくとも外れることはない。
「東京に住むか、京都に住むかで迷っています。どっちがいいですか?」
「東京」
「即答ですね」
「東京に行きなさい」
「理由はなんですか?」
「東に、あなたの運命を変える女性ありと出ております。とても素敵な女性のようです」
「ちなみにどれぐらいいい女ですか?」
「清楚で……可憐で……」
「芸能人で言えば誰ぐらいですか?」
「そうねぇ……森口博子」
「ははは」
「うん、森口博子」
「俺、森口博子のこと結構好きなんで東京に行きます」
「そうしてください」
「おかげさまで迷いが消えました」
「お役に立てたのなら何よりです」
「占いの代金、一万円でいいですか?」
「え? そんなに? いいの?」
「人生を変える大きな決断を助けてくれたので、これぐらいもらってくれないと困ります」
「いい心がけですね。あなたの人生に幸多からんことを」
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