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樹木希林さんが添いとげた内田裕也って何した人?若者が知らないロケンロール伝説

 9月15日に逝去した女優の樹木希林さん(享年75)。その清々しいまでの生き様が感動を呼んでいるが、彼女が約半世紀に渡り別居婚を貫き通したのが、ミュージシャンの内田裕也(78)だ。
  

 そのインパクト抜群のビジュアルと日清焼そばUFOのCM(2018)などにおける弾けっぷりで、今も国民的な知名度を誇るが、彼の名を聞いて常に頭に浮かぶのが「で、何をした人だっけ?」ということ。

若者は知らない内田裕也のロケンロール伝説


 内田裕也のブッ飛びイメージを最も世間に印象づけたのは、1991年に出馬した東京都知事選だろう。政見放送で突然「パワー・トゥ・ザ・ピープル」などを歌ったあと英語・フランス語でまくしたてたかと思えば、選挙広報は手書きで「NANKA変だなぁ! キケンするならROCKにヨロシク! Love&Peace Tokyo」。後のドクター中松以上の泡沫感に、アゼンとしたものだ。

 そういえば、69歳のときに披露したフルヌード(股間には金貨)も話題になった。

 女性スキャンダルは女優から一般人まで数知れず。71歳の時には、交際女性にフラれて脅迫まがいの方法で復縁を迫り、住居侵入などの容疑で逮捕された(起訴猶予)。拘留中に1度だけ面会に来た樹木希林さんに「謝らないんですか」と言われ、「いろいろヨロシク」とごまかした…と謝罪会見で述べている。
 
シェキナベイベー

2014年に指原莉乃とデュエットした「シェキナベイベー」は、実に29年ぶりのシングル

 音楽活動では、毎年大晦日にやっているライブ「New Years World Rock Festival」(1973~2014年)でシーナ&ザ・ロケッツや安岡力也や白竜らとロケンロールしている…ということぐらいしか聞こえてこなかった。

 この内田裕也と離婚せずに寄り添い続けた樹木希林さんは、やはり常人ではない。でも、それだけの魅力と才能が彼にあったからなのだろう。
 そこで、何者か分からない「内田裕也」という男の凄さを、音楽ライターの兵庫慎司氏に聞いた。

マルチアーティストの先駆者的存在


「内田裕也は、その突飛な言動やスキャンダル、あるいはおなじみの『ロックンロール!』という決めゼリフなどから、特に90年代以降はエキセントリックなキャラクターとしての認識が一般的でしたが、1970年代・80年代は、その『ロックンロール!』なパブリック・イメージは彼の一面で、それ以上にプロデューサーとして手腕を奮っていた存在でした。

 自身のミュージシャンとしての活動以上に、才能のあるアーティストを世に送り出す人としての慧眼は、誰もが認めるところだったといいます。たとえば1970年、当初は自身のバンドだったザ・フラワーズを、フラワー・トラベリン・バンドとして再編成し、自分はプロデューサーに回ってアトランティック・レコードと契約、アメリカとカナダでデビューさせたことはよく知られています」

俺はロッキンローラー
「また、矢沢永吉のキャロルを最初にデビューさせようとしたひとりだったことも有名です(この時はミッキー・カーチスに敗れている)。あるいは、1980年代・90年代には『コミック雑誌なんかいらない』や『魚からダイオキシン!!!』といった映画の主演だけでなく脚本も手がけて話題となるなど、音楽以外の面でも、パフォーマー、裏方としての活動に評価が高いクリエイターでもあるのです」

 ミュージシャン・プロデューサー・俳優・脚本家など、さまざまな顔を持つ稀有なアーティストである内田裕也。今でこそジャンルの垣根を越えてマルチに活躍するタレントは増えたが、その先駆けにして唯一無二のキャラクターを確立した存在といえよう。

 希林さんを「見事な女性でした」と見送った今、少しでも長くロックな背中を私たちに見せていて欲しいものである。 <取材・文/日刊SPA!取材班>





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