僕は「いいもん見たな」と思ったのに
「どうしてそんなに遅くまで働くか?」
少し引き気味の店員をものともしない感じでグイグイと話しかける。
「まあ、お店自体が遅くまでやってますし。そのあとも後片付けとかありますし……」
店員はそう答えるが、中国人女性は納得しない。
「お店とか関係ない。どうしてそんなに働くか?」
よくよく考えると、どうしてそんなに働くのかという疑問を投げつける中国人女性も遅くまで働いているのである。怪しげな呼び込みとはいえ、彼女自身もまたそうなのだ。
「いやあ、普通にシフト入ってるんで」
その言葉に、中国人女性が切々と語り始めた。
「私はやりたくもないのにこんなことしてる。やらなければいけないからだ。でもあなたはそうじゃない。きっとそうだ。かわいそうに。夜通し働いて顔が疲れている。もっとやりたいことをやるべきだ」
僕は彼女たちのことをロボットのように思っていた。ただ歩くのを邪魔する厄介なロボット。「オニサン、マッサジヨ」とだけ喋るロボットそう感じていた。けれどもそうじゃない。彼女たちにだって感情はあるんだ。やってることは決して褒められたことじゃないけど、そう、感情があるんだ。
「あなたには夢がないのか? そんなに疲れていて大丈夫か?」
彼女は疲れたんだと思う。「オニサン、マッサジヨ」と声をかけ続ける日々に疲れたんだと思う。そして、もうマッサージなんかどうでもいいという感じで居酒屋店員に話しかけたんじゃないだろうか。そこには彼女の素の部分が現れたように思う。
「まあ、夢はありますね。正直、疲れすぎて辛いこともあります」
最初は警戒していた店員も、次第に心を開き、自分の考えを伝える。
「頑張りすぎて体を壊しちゃどうしようもない」
彼女は自分の仕事を投げうって彼に話をしている。なんだか胸が熱くなるのを感じた。どうやら店員も彼女がそういった呼び込みの女性だと知っているらしく、その女性がそれらを無視して心配してくれている事実に少し感動していた。
繁華街の片隅にはこんな小さな感動が転がっている。明け方の歌舞伎町、誰も知らない路地に誰も知らない中国人女性に居酒屋店員、そして僕。そこでドラマが展開されていた。
「なんかいいもの見たな」
そう感じて歩き出そうとすると、中国人女性がとんでもない言葉を繰り出した。
「そんなに疲れていちゃ夢もかなえられない。
だからオニサン、マッサジヨ」
なんてことはない、あまりにカモが捕まらないからターゲットを居酒屋店員に変えただけだった。
「いや、それはいいです」
「もう仕事終わったんだろ。オニサン、マッサジヨ」
ちょっとだけホロリときていた僕がバカみたいだった。結局それかい。やっぱりロボットじゃないか。
「オニサン、マッサジヨ」
今日も歌舞伎町にその言葉が響き渡る。瞬くネオンは誰かの夢を飲み込んで輝いているように見えた。

【pato】
テキストサイト管理人。初代管理サイト「
Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。6月29日、本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)を上梓。ブログ「
多目的トイレ」 twitter(
@pato_numeri)
ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(
@mamiyak46)
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おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)を上梓。ブログ「
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