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普通のおっさんの僕、“イケメンおっさん”に格の違いを見せつけられる――patoの「おっさんは二度死ぬ」第48回

 昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第48話】イケメンおっさんの厄介さ  おっさんでありながら、この連載ではあえて触れてこなかった存在がある。そう、それが「イケメンおっさん」という存在だ。  実はおっさん界にも分類ってやつがあったりするのだ。  それは「ダメなおっさん」だったり、「気持ち悪いおっさん」だったり、「臭いおっさん」「かっこわるいおっさん」「無味無臭のおっさん」「犯罪スレスレのおっさん」と充実のラインナップを誇る。まさにおっさんアベンジャーズだ。大抵のおっさんはこれらのどれかに当て嵌まる。  しかしながら、まるでレアモンスターのごとき希少さで存在する分類がある。それが「イケメンおっさん」だ。本当に少ないが、確かに存在する。これがもう、本当に厄介極まりないのだ。  イケメンおっさんはやはりおっさんだ。どこからどう見てもおっさんだ。けれどもイケメンなのだ。ちょっといい年の取り方をしている。若い頃はめちゃくちゃイケメンだったろうなという懐古を誘い、それでもいい年の取り方してんなと納得させる有無を言わさない力みたいなものがある。  例えるならば、僕らみたいな完全無欠のおっさんに白髪がたくさんあったりすると、おっさんに白髪がある、まあそうだよね、という歴然たる事実だけが存在するのだけど、イケメンおっさんに白髪がたくさんあるとロマンスグレー、かっこいい、渋い、となるわけである。  これは確信しているのだけど、その「イケメンおっさん」自身も、ちょっと自分のことを「イケてる」と絶対に確信している。おっさんだけどイケてる、おれは普通のおっさんじゃない、そう思っているに違いないのだ。それがもう、厄介なのだ。  そういったイケメンおっさんが「我はおっさんなり~」みたいな感じで自虐を含めたおっさんムーブをかますことがある。これはもう僕らみたいなおっさんから見ると完全に別種の生き物だ。「なにいってんだこいつ」となるのだ。ちょっと立腹に近い感情が心の中を支配する。  これはもう、テストの前、今まさに答案用紙が配られているときに「きのう全然勉強しなかったわ」といいつつ、猛勉強していて、テストが始まると同時に紙が破れるほどゴリゴリに書き始めた柿沢みたいなものだ。きいているか、柿沢よ。お前が徹夜で勉強していたの俺は知ってるぞ。  この柿沢と同じで、「おっさんだし~」みたいに言いつつ、絶対に「イケてる」と思ってるし、なんなら「おっさんであることをカバーして、いけてる」「むしろ若いだけのイケメンより経験豊富でイケてる」くらいには思っているはずだ。そういう人がおっさんムーブをかますと、我々みたいなおっさんはもう心を持っていく場所がないのである。  今日はそんなイケメンおっさんに関するお話だ。
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僕らとは明らかに別人種な”イケメンおっさん”
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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