しかし結局、それが雑誌のページに掲載されることはなかった。その後、名越氏は単独で南インドのサーカスなどを撮り溜めた。そして2019年、三度目の正直としてふたりはアラハバードのクンブメーラを訪れた。 「1億人と言われる群衆に呑み込まれると、何を撮っていいのかわからなくなるんです。だから、とにかく“考える前にシャッターを押す”。じつは、それがいちばん気持ちよかったりするんです。計算して撮った写真はおもしろくないから、常に現場の直感で撮りましたね。また、サドゥの渦の中にいると全員同じにも見えてくるのですが、そんななかでも彼ら一人ひとりの“ミスター”（※個性・キャラクター）が垣間みられる瞬間がある。その魅力を引き出したいと思っていました。サドゥが行進しているところに突っ込みすぎて、ドツかれたこともありましたけど（笑）」 　ときにはお互いがイライラして喧嘩する場面もあった。しかし、それでも同じベッドを共有した仲。ふたりは編集者とカメラマンという立場、仕事の枠を越えていったという。 　こうして名越氏と近田氏が今年アラハバードで過ごした13日間の写真とルポを中心に、過去12年間で撮り溜めてきた作品が『バガボンド インド・クンブメーラ 聖者の疾走』（イースト・プレス）として、8月8日に上梓される。 　とはいえ、彼らが初めてインドに飛んだ2006年、建前としては雑誌の取材だった。それから10年以上もページにならないなかで、やり続けることがツラいとは思わなかったのだろうか。近田氏が言う。 「途中からはページのことはどうでもよくなったというか。もはや過程がおもしろかったので。たぶんインドでなくとも、名越さんといっしょに転がることができればそれでいいんです。ただ、名越さんは業界のトップランカーなので。自費出版にするのは惜しい、もっと世に出したい、多くの人に知ってほしいという想いがあった。だから、ようやく今年になって週刊誌のページになり、望外にも書籍化の話が進んだことが本当にうれしい。次に何をやろうかって気持ちにもなっています。また、今回の作品作りを通して、ひとつのジャンルに特化してやり続けることの大切さを学びました。グラビア班に配属されて13年経ちますが、改めてグラビアの仕事も頑張ろうって思えましたね」（近田氏） 　現在インドの総人口は13億6千万を超え、経済発展が急速に進みつつある。一方で、サドゥのような一般社会の常識とは真逆にも思える人たちが存在する。その実態は今も謎に包まれているが、だからこそ、多くの魅力で溢れているのかもしれない。＜取材・文／藤山六輝、写真／名越啓介＞ライター・編集者。著書に『海外アングラ旅行』『実録！いかがわしい経験をしまくってみました』（共に彩図社）など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ【最新版】』（辰巳出版）がある。Twitter：@gold_gogogo