更新日:2019年11月29日 13:38
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ウンコ漏らしは酒飲みの共通体験…なのか?――酔いどれスナック珍怪記

ウンコ漏らしの告白大会の様相に

 一瞬、静寂が訪れてから二秒後、何ら疑うことのない無垢な子犬のような彼の真顔に、漏らさねーよ!! とその場にいたお客たちから一斉にツッコミが入る。 「人生で二、三回じゃなくて年に二、三回!?」 「待って、みっちゃんもうすぐ四十だよね?」 「どのレベルで漏らしてんの!?」  突然沸く店内。それまで船を漕いでいた奴さえも、急にグラスを持ち直し身を乗り出した。 「え。なに駄目なの? 普通じゃないの? 俺いっつも下痢だよ?」  想像以上に周囲のリアクションが大きく動揺気味のみっちゃんによれば、小学生の頃から弱かった彼の腸は、酒を覚えたことにより更に脆弱になって、一年のうち三百六十二日は軟便であとの三日は溢れ出てしまっている。昼夜問わず催したかと思えばパンツを汚し、会社や外出先のトイレでやむなく捨てたパンツの枚数は数知れず。 「そんなんあたりまえだと思ってたんだけど」という彼のぶっちゃけ話を皮切りに、「実は俺もこの間……」「子供の頃に」「屁だと思ったら実が」などと次々に漏らした告白が始まってしまった。  当然「ユキナはどうなの?」とわたしにも飛び火するのだが、実のところわたしはマジで一度も経験がない。赤ん坊の頃などはわからないが、今までの人生を振り返ると、恥ずかしくてみっともないことのほとんどはやらかしているはずなのだが、ウンコを漏らしたことは未だかつてないように思う。  何もネタがないのが苦しく、仕方なく小学校の校庭で友達が捻りだしたウンコを隣のババアの家に投げ込んだというどうでもいい話を披露した。ウンコを漏らしたことがないという事実が、逆にこんなにも恥ずかしいとは思わなかった。わたしは除け者だった。   「なるほどね。みんな、小爆発はしてるわけだね。でもきっと、俺みたいな大爆発はみんなしたことないんだよね……」  穏やかな笑みを湛えながら、それでいて少し悲しそうな口調でそう言ったのはイケダツだった。わたしの、このろくでもない連載の担当編集者だ。 「え!? 大爆発!?」 「ウンコですよね!?」 「まさかイケダツさんがですか!?」  皆、驚きと動揺を隠せない表情で彼に視線を注ぐ。どうしてそんなにも皆が困惑しているのか。何故ならば、このイケダツというのは、ぶっちゃけただのイケメンだからである。  人間、イケメンであるからには多少の欠点というか、心の歪みとか闇とかを抱えて斜に構えて捻くれて、仄かに狂気を孕んで生きていてほしいものなのだが、彼はなんだか天下の週刊SPA!様のエラい編集者で、すごい飲むわりに酒癖も女癖も悪くないし、隣に座ったどんな人とでも和やかに話をするし、おまけに休日は公園で子供とお散歩の終始朗らかマイホームパパで、わたしのように薄暗い田んぼで生まれ場末の繁華街で育ち、悪いオトコに散々騙されて汚れちまった悲しみに今日も小雪の降りかかっている人間にとっては、納得できない無害な聖人面したイケメンだ。もっと性格悪くなればいいのにと常日頃思っている。  そんなイケダツが、まさかウンコの話題に乗ってくるとは皆もわたしも思ってもみなかったので、一気に店内はどよめいた。 「四、五年前だったかなぁ……あ。バーボンに変えていい?」  何杯目かわからないウーロンハイを飲み干し、新たにジャックダニエルを呷りながら遠い目をして彼は話し始めた。
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大量放出の悲しい過去を吐露
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(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani

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