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消費増税前にトイレ紙を買う行列は、崩壊寸前の日本から脱出しようと箱舟に乗り込む列だ/鈴木涼美

自民からの逃走

増税

増税前の駆け込み購入で空になったトイレットペーパーなどの商品棚と、品薄を伝える張り紙(9月30日、東京都品川区)写真/時事通信社

 フリーになった最初の年は区民税と保険料の高さに苦しんでいて、そんな時AV時代の友人で今も昔も元気に体を売って私の3倍稼いでいる同い年の女と歌舞伎町の寿司屋で口論になった。「うるさいな、税金も払ってないくせに!」と私が言うと、矢庭に「払ってるし! 消費税! たばこ税! 酒税!」と言い放たれた。  夜の世界では、大金を稼ぎながら住民税も所得税も保険料も年金も未納の人が少なくないし、ソープ嬢やパパ活嬢らの所得は額面上ゼロのこともあるし、貧困統計をいまいち信用できないのもそのせいだ。そんな隠れ富裕層にも降りかかる消費増税は一瞬悪くない気もしてしまうのだけど、それは多分私があの時の彼女のドヤ顔に圧倒されているだけだ。  今月1日に消費税が10%へ引き上げられたことを受け、各情報番組などでは軽減税率の対象品目やポイント還元などのわざととしか思えない猥雑な仕組みの解説に時間が割かれた。  増税の是非より絵になる店頭を映す浅はかなマスコミも、もっと大企業や資本家から徴税しろという非難と法人税が高いと企業は国外に出ていくという反論が繰り返される光景もいつも通りなのだけど、今回はそれ以上に、駆け込み需要の高揚とそれに対する冷笑の週末と思えた。  安価なトイレットペーパーやガソリンに群がる大衆は、コメンテーターやSNSユーザーに槍玉に挙げられ、好き放題揶揄される。確かに交通費やガソリンを使って店頭に並ぶ様子は滑稽だが、彼らだってトイレ紙を明日買ったところで6円しか変わらないことくらいは気づいている。  冷笑をやめて見ていると、行列に並ぶ人の姿は、6円をなんとか浮かせたい気持ちではなく、自分らの声なんて届かず変わっていく世の中に、何か行動をしないと置いていかれて存在も消されてしまう、でも焦ってする高い買い物の予定なんてないし何をしていいのかわからない、という焦燥感に突き動かされているようにも見えるのだ。  そう思うと、行列は自民党のもとで終わりに近づいていく日本から脱出しようと箱舟に乗り込もうとする列にも思えて、「トイレ紙買うのに1時間はバカだ」「2%なんて大したことない」と一蹴する若きオピニオンリーダーたちや、その口調をマネた若者たちに同調して冷笑する気分にはとてもなれなかった。  歌舞伎町に住んでいた頃、マンションの集合ポスト脇のゴミ箱にはいつも役所関係の書類や「重要」と書かれた封筒がたくさん捨てられていて、中の振込用紙がきちんと使用されるための対策がどれだけとられていたのかと思う。  消費税払ってるし、とドヤ顔をする社会保険料未納者を放置したままこの時期に消費増税に踏み切るなら、この国が向かうのが「税金は高いけど老後は安心」と自他ともに認める高福祉国家なのか、香港混乱に乗じて企業と富裕層誘致を目指すのか、せめてわかりやすくセクシーな展望を示してほしい。  今のところ、責任は僕がとるなんてかりそめの男気発言をする首脳も、ドヤ顔の彼女も、列に並ぶ焦り顔も、それを嘲笑する若者も、セクシーだなんてとても言えない。 ※週刊SPA!10月8日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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