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公選法改正で買収を防げ<弁護士・元東京地検特捜部検事/郷原信郎氏>

―[月刊日本]―

なぜ金銭の授受が慣行化したのか

汚職

写真はイメージです

―― 河井克行元法相の買収事件をはじめ、各地で公職選挙法違反の疑いのある問題が明らかになっています。 郷原信郎氏(以下、郷原) 今回発覚した国会議員から地方議員などへのばら撒きは、以前から恒常的に行われていたことです。しかし、捜査機関から摘発されることが少なかったので、あまり問題視されてきませんでした。  公職選挙法の買収罪は「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」で、選挙人または選挙運動者に対して「金銭の供与」を行うことが要件とされています(221条1項1号)。供与とは「自由に使ってよいお金として差し上げる」という意味です。河井事件に関して言えば、河井克行氏が選挙人や選挙運動者との間で、妻の河井案里氏を当選させる目的で自由に使ってよいお金として金銭のやり取りをしていれば、買収罪が成立することになります。  しかし、これまで公選法違反として摘発されてきたのは、選挙期間中に現金を供与するなど、投票や選挙運動の対価であることが明らかな場合だけでした。地方政治家や有力者に対して行う金銭の提供は、「選挙に関する金」であることの立証が難しいので、ほとんど摘発の対象になってきませんでした。実際、特定の候補者を当選させる目的があったかどうかは、主観的な認識なので、買収者と被買収者が選挙活動のための資金ではなく、あくまで党勢拡大や地盤培養のための資金だと言い張れば、客観証拠でもないと立証することは困難です。  捜査機関側がこういう対応をとってきた結果、国会議員たちは国政選挙の度に地方政治家たちに対して「政治資金」を隠れ蓑にして多額の金銭をばら撒き、それが恒常化していきました。彼らは金銭の供与を慣行だと思っているので、違法との意識もありません。克行氏から現金を受け取り、検察審査会で起訴相当となった広島市議5人も、現金の授受は「普通のこと」だと述べています。  これは自民党だけの問題ではありません。『文藝春秋』が自民党京都府連をめぐる選挙買収問題を報じたところ、自民党の茂木敏充幹事長が定例会見で、「自分なりに調べてみたが、立憲民主党の県連などでも同様のケースは散見される。収支報告書を見ればわかることで、同じようなケースが出てくる」と指摘しました。自民党の幹事長が根拠もなくこんな話をするとは思えません。おそらく野党も同様のことを行っているのでしょう。その意味で、これは日本の政界全体の問題と言えます。

発端は安倍政権と検察の対立

―― 検察が河井事件で、これまで公選法違反として摘発してこなかった金銭の授受を立件したのはなぜですか。 郷原 事の発端は安倍政権と検察の対立まで遡ります。あれがなければ、事態がここまで発展することはなかったと思います。  当時の経緯を振り返ると、2019年に『週刊文春』が河井案里氏の参議院選挙をめぐる車上運動員買収事件を報じたことで、河井克行氏は法務大臣辞任に追い込まれました。これを受けて、広島地検は河井夫妻の捜査に乗り出します。  そのころ、安倍政権は東京高検検事長の黒川弘務氏を頼りにしていました。黒川氏は官邸と親密な関係にあり、「官邸の守護神」と呼ばれていました。安倍政権は検事の定年延長を強行し、黒川氏を検事総長に据えようとしましたが、検察官の定年延長が違法だと指摘され、大問題になりました。私も、ヤフー記事などで検察庁法違反の定年延長を厳しく批判しました。安倍政権としては河井夫妻の捜査を何とか食い止めたかったと思いますが、河井夫妻を捜査している広島地検は東京高検検事長の黒川氏の管轄外だったので、黒川氏には、情報すらなかなか入らなったはずです。  河井事件の検察捜査が進められる中、安倍政権にとって計算外のことが起こります。『週刊文春』で黒川氏が記者たちと賭け麻雀をしていたことが報じられたのです。これによって黒川氏は辞任に追い込まれてしまいました。  その後、黒川氏が去った東京高検の指揮のもと、河井夫妻は公選法違反で逮捕されます。先ほど述べたように、克行氏たちの現金配布は党勢拡大や地盤培養のための政治活動と見ることもできるので、従来であれば公選法違反で摘発されることはなかったと思います。しかし、安倍政権のやり方に、当時の稲田検事総長が強く反発したことが、河井夫妻を買収罪で逮捕する方針につながったのだと思います。  検察庁として方針が決まった以上、現場の検察官たちはそれに応じた作戦を立てるしかありません。そこで、彼らは河井夫妻からお金を受け取った地方議員たちに、処罰されるのは河井夫妻だけだという期待を抱かせることで、「案里氏の参院選のためのお金と思った」と認める調書をとっていきます。その後も被買収者たちは自分たちは処罰されないという期待を持ったまま証人尋問に臨み、ほとんどが「案里氏の参院選のためのお金と思った」と証言しました。  しかし、買収側の河井夫妻を起訴しておきながら、被買収側を不起訴にするなどあり得ません。被買収者たちは50万円や100万円といった額のお金を受け取っており、中には200万円受け取った人もいました。検察側は、不起訴にしても、検察審査会で起訴相当になることを覚悟していたと思います。河井夫妻を逮捕するために被買収者たちから有利な証言を引き出し、いったん不起訴にすれば、検察審査会で起訴相当議決が出て起訴することになっても、被買収者に対して「検察審査会の議決だから致し方ない」という言い訳が立つということだったのだと思います。非常に詐欺的な手口で、誉められたものではありませんが、とにかく河井夫妻を買収罪で逮捕して有罪にすることを優先したということでしょう。
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どうすれば買収工作を防げるのか?
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げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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