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過剰にワクチンへの不安を煽るよりも報道すべきことがある

日本郵政グループの新型コロナウイルスワクチン接種会場を視察する菅義偉首相。高齢者優先で、新型コロナウイルスのワクチン接種が開始されたが、副反応も報告されるなか、ワクチンへの不安を煽る報道を受けて、行きすぎた反ワクチン運動が問題となっている
鈴木涼美

写真/時事通信社

ナイトメア・ビフォー・ワクチン

 戦後の主な薬害事件の第一号は、1948年に京都および島根で発生したジフテリア予防接種禍事件といわれる。  GHQの覚書を受けて法律で義務化されたジフテリアの予防接種において、使用されたワクチンの一部が無毒化されていなかったため、乳幼児の死亡が相次ぎ、全体で80人を超える死者と1000人近くの副反応被害が起きた。抜き取り検定の不備が原因で適切な品質管理・安全性の確保ができなかったと考えられている。  GHQにせっつかれた形の強制的な予防接種で幼い命が奪われたこの事件の刑事訴訟で、行政側の責任が追及され、徹底的な真相解明に至ることはなく、それどころか長く風化されかけていた。  日本で記憶に新しいのはなんといっても適切な処理がなされていない血液製剤によって血友病患者1800人がHIV感染したいわゆる薬害エイズ事件だろうが、そのほかにも記憶を掘り起こせば、天然痘ワクチンの副反応で脳炎が発生した種痘禍問題の訴訟で国が敗訴したこともあったし、ワクチン関連ならカリフォルニアのカッター社で製造したワクチン接種によってポリオ患者が発生したカッター事件でも多くの子供が被害に遭った。  命をつなぐための医療とはいえ、副反応すべてが解明されているわけではない新しいワクチンを体内に入れることへの恐怖に根拠がないわけではない。専門性の高い医療分野では、医者に知識が偏っているため、まな板の鯉的な不安があること自体は頷ける。  高齢者を中心に始まったコロナワクチンについて、接種を希望しないだけでなく、「(ワクチンを打てば)3年後に必ず死ぬ」と脅迫文句を拡散したり、ひどいものではワクチンを保管する冷蔵庫の「♯プラグを抜こう」などと煽ったりする反ワクチン運動が一部ネットで散見される。  他方、ワクチンを拒否する人に圧力をかける行為を「ワクハラ」などと呼ぶ報道もあった。調査などで「接種したくない」と答える人は20代を中心に結構いる。  ジフテリア予防接種時と違って拒否は個人の自由なので、彼らに差別や迫害があってはならないが、医療行為を妨害したりデマ情報を拡散したりするほどにアンチ熱が高まるのは、昨年しきりにコロナ不安を煽っていた一部マスコミが、今度はワクチン不安を煽ることに舵を切ったからだろう。  コロナは人にうつるが、ワクチンの副反応が人にうつることは考えにくいので、他者の接種まで怖がる根拠は見いだせない。  ただでさえ、薬やワクチンなど大衆の知識が及ばないものは過度な恐怖を呼び起こしやすい。マスコミは、不安を口にする街頭の若者たちを繰り返し映すことより、わかっている範囲の副反応の報告や、優先順位の根拠、ワクチン接種によって何が免除され何ができるようになるかの追及をしてほしいと思う。  昨年は散々危険視された都心部の夜の街の住人たちに、今のところワクチンが行き届かないことや、ワクチン接種によって帰国時の隔離などがどう緩和されていくかが気になるが、ワクチン不安の報道に比べるとそういった疑問は大分棚上げされている。  結局今のところ、EUで本格的に運用が開始されたワクチン接種のデジタル証明書で、移動の自由を取り戻しつつある人々を、50年以上前の東京五輪時に西洋的生活様式を遠くから眺めていた日本人よろしく、指をくわえて見ていることしかできない。 ※週刊SPA!7月6日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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