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東京五輪が炙り出したこの国の「差別」にどう立ち向かうべきなのか?<ノンフィクション作家・安田浩一氏>

―[月刊日本]―
 ネットに吹き荒れる誹謗中傷、国民を見殺しにする政府や権力者、強気を助け、弱気を挫くメディア……。現代の日本社会を覆う、この不快な空気は何なのか? 差別に関する徹底的な取材をもとにしたノンフィクションをいくつも上梓してきた安田浩一氏が、ジャーナリストの青木理氏と語り尽くした本が刊行された。 『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』(講談社α新書)と題された同書について、著者の安田浩一氏に話を聞いた。

東京五輪があぶり出した差別

―― 安田さんは新著で青木理氏と対談し、日本にはびこる差別について論じています。日本がいかに差別的な国であるかは、今回の東京五輪で改めて明らかになりました。森喜朗氏の女性蔑視発言や小林賢太郎氏のホロコースト揶揄など、挙げていけばキリがありません。一連の問題をどのように受け止めていますか。 安田浩一氏(以下、安田) 東京五輪は日本社会の偏見や差別、レイシズムの問題をあぶり出したと思います。日本の現状は差別を禁じた五輪憲章に明確に違反しており、五輪を開催する基準に達していません。皮肉な言い方をすれば、日本は五輪を開催するには早すぎたのです。すでに冬季も合わせて数回オリンピックを開催していますが、とても五輪を開催できるような国ではなかったということです。私はもともとオリンピックに反対の立場でしたが、このことが明らかになったという一点において、東京オリンピックを開催した意味はあったと思います。  今回の東京五輪には電通をはじめ日本の有力企業が深く関わっているため、一連の差別問題については国や組織委だけでなく、これら企業にも大きな責任があると思います。乱暴な物言いになりますが、たとえば電通のように問題の多い会社が付き合っているのは、たいてい問題の多い人たちですから、電通が連れてきた人間が問題を起こすのはある意味で当然です。  とはいえ、私たちは電通など大企業にすべての責任を押し付けるべきではありません。問題企業を生み出したのは、日本社会そのものです。日本社会が差別を抱えていることこそ問題視しなければなりません。 ―― 安田さんは新著で、ネット番組で沖縄が差別されていると説明したところ、「みんな沖縄が好きで沖縄で楽しく遊んでいるのだから、沖縄差別などしていない」と言われたと記しています。森喜朗氏に関しても、世代的にジェンダーへの理解がないだけで、女性を差別する意図はないと擁護する声がありました。 安田 差別する意図がなかったというのは、何の言い訳にもなりません。差別する意図があったなら、それこそ問題でしょう。差別する意図がなかったとしても、結果として差別を引き起こしたことは間違いないのであって、本人の自覚がないだけで、その人の中に差別心があったことは否定しようがありません。  私は在特会をはじめとするレイシストたちの取材をしてきましたが、「〇〇人は死ね」などと言っている連中でも、差別の意図があると認めた人間は一人もいません。差別する意図がなければ問題ないという対応をとっている限り、今後も差別がなくなることはないでしょう。

当事者任せにしてはならない

―― 差別問題に関して、差別を受けた当事者がもっと声をあげるべきだという議論があります。 安田 それは日本に根強く存在する意見だと思います。もちろん私も当事者たちの戦いを否定するつもりはありません。過去を振り返ると、当事者たちが声をあげることによって事態が改善された事例はたくさんあります。  たとえば、1970年代の日本のバスには車いす用のリフトがついておらず、車いす利用者たちは介助者の同伴がなければ乗車が認められませんでした。そこで、「青い芝の会」という障がい者団体が、障がい者も健常者と同じ権利が認められるべきだとして、同伴者なしでバスに乗り込むという闘争を行います。これに対して、バスの運転士は「バスを発進できないので降りてください」とアナウンスし、他の乗客たちも「降りろ」「ルールを守れ」と一斉にブーイングを飛ばしました。彼らの行動は当時の日本では「非常識」と見なされたのです。  しかし、これをきっかけに公共交通機関のあり方が問われるようになります。その結果、今日では都市部のバスの多くはノンステップバスになり、車いす利用を拒む会社はほとんどありません。  また、1950年代のアメリカでは、バスの座席は人種ごとに区分けされており、前方が白人席、後方が黒人席となっていました。白人席が満席のところへ、新たに白人の客が乗ってきた場合、黒人席に座っている黒人は席を譲らなければなりませんでした。  ある日、黒人席に座っていたあるアフリカ系女性が、運転士から白人に席を譲れと命令され、それを拒否します。彼女は白人の乗客から非難されますが、それでもバスを降りなかったので、条例違反で逮捕されてしまいました。  しかし、この事件をきっかけに、アメリカでは公民権運動が盛り上がります。そして、少なくとも制度上は、黒人差別は許されないものになったのです。  このとき席を譲ることを拒んだ女性が、公民権運動の母と呼ばれるローザ・パークスです。差別を受け、中傷され、非難されてきた当事者が声をあげた結果、社会が大きく変化したのです。  とはいえ、差別を受けた当事者たちの誰もがローザ・パークスのように振る舞えるわけではありません。差別の被害者は差別によって心身ともに傷ついています。そうした人々に対してもっと声をあげるべきだと要求するのは、非常に酷な話であり、セカンドレイプに近いものがあります。  私はむしろ当事者でない人間こそ声をあげるべきだと考えています。これ以上当事者任せにしてはなりません。  そもそも差別は社会そのものを傷つける行為ですから、誰もが無関係ではいられません。私は在特会などレイシスト集団の人間に対しても、「君らの敵は在日コリアンや韓国ではない。君らの目の前にいる私だ」と言ってきました。当事者かどうかにかかわらず、差別に気づいた人たちが率先して声をあげ、差別反対の意思を表明していくことが大切だと思います。 ―― 安田さんと青木さんの対談は、これまでありそうでなかった組み合わせです。それが本書に深みをもたらしていると思います。 安田 青木さんの知見は非常に刺激的でした。私は身の回りから取材を始めていくタイプですが、青木さんは記者として国際社会を舞台に活躍した経験を持ち、俯瞰的に物事を見る力があります。  私も青木さんも日本社会の排他性と不寛容に対する危機感を共有していますが、絶望しているわけではありません。社会の不当性を訴えるのがジャーナリズムの責務です。私たちはこれからも差別と戦い続けていきます。 (7月23日 聞き手・構成 中村友哉) 安田浩一(やすだ・こういち) 1964年生まれ。「週刊宝石」「サンデー毎日」記者を経て2001年よりフリー。『ネットと愛国』(講談社)で第34回講談社ノンフィクション賞を受賞。「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2」VoL17)で大宅壮一ノンフィクション賞雑誌部門受賞。著書に『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)、『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)など多数。 初出/月刊日本9月号
―[月刊日本]―
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。


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