何でも「ヘイトスピーチ」と抗議するのは日本語への侮辱だ
1月21日、立憲民主党最高顧問の菅直人氏が、橋下徹氏をはじめとする維新の会について「弁舌の巧みさでは第一次大戦後の混乱するドイツで政権を取った当時のヒットラーを思い起こす」と発言。維新の会代表の松井一郎氏や、吉村洋文大阪府知事が「ヘイトスピーチだ」と反発し、ヘイトスピーチの定義も含めて議論が盛り上がっている
「ユダヤ式のウエディングだっていうのに、よりによって私の顔がヒットラーみたい!」。
最近、続編が配信されて話題の米ドラマ『SEX AND THE CITY』の過去の1シーンである。クリスティン・デイヴィス演じる女の子が結婚式当日、NYタイムズ紙のウエディング・セクションを見てそう嘆く。せっかく二人の写真が採用されたのに、彼女の鼻の下、ちょうど口髭の位置に、インク染みが印刷されてしまっていたのだ。
菅直人元首相がTwitterで、橋下徹元大阪市長の名をあげ、「主張は別として弁舌の巧みさでは(中略)政権を取った当時のヒットラーを思い起こす」と投稿してから、ヘイトスピーチの定義をめぐる議論が盛り上がっている。
発端は、日本維新の会の代表がこの投稿を「ヘイトスピーチだ」と批判したこと。これを受け、ヘイトスピーチである/違う、ヘイトスピーチではないが問題がある/許容範囲内だ、そもそも菅が嫌いだ、すでに党員ではないはずの橋下を党代表が擁護すること自体問題だ、など議論が飛び火した。
飛び火中に、口の悪い元都知事の訃報があったものだから、菅発言より彼の問題発言こそヘイトスピーチの定義に当てはまるという割と的を射た指摘がなされたと思えば、死者に投げる心無い言葉こそヘイトスピーチだなんていう、空虚な言い返しにすら使われた。
ヘイトスピーチや人種差別は国や時代によってその範囲にズレや温度差はある。米国で度々問題になるブラックフェイスに関して言えば、ヤマンバ世代の私は完全にアウトなのだが、イエローなモンキーが顔を黒く塗っても国際的にはそう非難されないし、黄色人種で肌が強いと気合次第で地肌でヤマンバにはなれる。
日本のヘイトスピーチ解消法は主に右派系市民団体の在日外国人や東アジア諸国への憎悪を煽る演説などを念頭に、本邦外出身者に対する不当な差別的言動をその定義としている。当然、巧みな弁舌や顔写真のインクを歴史的な戦犯に喩えることは随分定義から遠い。幼児が「パパのご飯おいしくない!」と拗ねるのをパワハラと呼ぶようなものだ。
ウエディング直前の情緒不安定な花嫁ならいざ知らず、ナチス発言を撤回した麻生太某らのいる与党に比べて良識的なイメージをウリにしたい党の元首相が、デリケートな歴史上の固有名を比喩に使うのが適切か否かという議論はある。日本的な慣習として、ホトケに鞭を打たないという伝統もある。
ただし、ある程度限定的な言動を指摘する言葉を、ただの「言い返し」も含めて便利な攻撃として使用すると、本来的なヘイトスピーチがその他の悪口や不快な表現と並列になってしまう問題がある。
新たな言葉が定義されたのは、その他の悪口と一線を画す悪質さや有害性が発見されたからなわけで、レトリック合戦をしたり、Twitterで大喜利的にうまいこと言ったりしているうちに、差別や対立を煽ることへの問題意識が忘却され、人を傷つける言葉は全体的に良くないよね、というふわっとした結論でお茶を濁される可能性が高い。
別に自分を傷つける言動がヘイトスピーチに認定されなくても暴れなくて良い。人を死の際まで追い詰める言葉がヘイトスピーチではないことも数多ある。誹謗、中傷、嘲笑、陰口、罵詈雑言、冷罵、罵倒、悪態、脅し文句、吹聴、暴言、侮蔑、嘲弄、冷笑……人を傷つける言葉を指す日本語は豊かで、傷ついたのなら何かしらの日本語でクレーム申し立てができるのに、維新の面々が聞き齧った横文字にこだわる理由は謎だ。
写真/産経新聞社 時事通信社
※週刊SPA!2月15日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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