東大前受験生刺傷事件。何故浅はかすぎる拡大自殺が続くのか
大学入学共通テスト初日の1月15日、試験会場である東京大学の農学部正門前付近で、受験生の男女など3人が刃物で切りつけられた。犯人は名古屋から深夜バスで上京した高校2年生の男子で、東大を目指して勉強をしていたが思うように成績が上がらず、絶望して犯行に及んだという
なりたい職業1位はユーチューバー?という見出しを見るようになって久しいが、医師は親が子どもに就いてほしい職業の上位常連で、子どもたちに聞くなりたい職業でも大抵はランクインする伝統的な人気職種である。コロナ禍における医療従事者の活躍を見て改めてその重要性や尊さを実感した人もいるだろう。
ちなみにキャバクラ、風俗、パパ活など各種夜の活動でも医師らの活躍は目覚ましく、特にSM系風俗では医師による貢献は計り知れない。身体を知り尽くしているはずの彼らがセックスの達人かというと必ずしもそうでもないが、肌やまつ毛の処方薬をくれる点では嬢たちからも人気は高い。
「医者になるため東大を目指していたが、成績が上がらず自信をなくした。人を殺して罪悪感を背負って切腹しようと思った」などと供述する17歳の少年が東大前の歩道で計3人を切りつける事件があった。
その日は大学入学共通テストの初日で、被害を受けた3人のうち男女2人は受験で訪れていた高校生だった。死亡者が出ていないことは救いだが、精神的に動揺してテストを欠席した受験生もおり、本格化する受験シーズンに向けて学生たちへの影響は計り知れない。
わかりやすい動機を探しても意味がないと思うけど、少なくとも4つの飛躍がある。まだ2年生なのに受験に絶望する、受験が思い通りにいかないくらいで人生絶望する、絶望したからって死に急ごうとする、死のうと思うだけでなく人を巻き込む拡大自殺を企てる。
東大に行かなくても医者にはなれる。患者としても元キャバ嬢としても自分のひいきの医者がどこ大の出かなんて気にしたことがない。
学歴が凡人の飛び道具であることに違いはない。ただし日本は学歴社会というよりも、学部卒が好まれる正社員社会なのであって、社会人になってしまえば学歴が強調されることはほぼない。医者になるよりAV女優になるほうが学歴は強調される。
そもそも医者にならなくても他に高収入の仕事も人助けの仕事もセンセイと呼んでもらえる仕事も山ほどある。AV男優になると高確率で医者役ができる。
若者が絶望する理由なんていくらでもあるけど、そういうときは、普通はクラブで踊り狂ったり、歌舞伎町でくだらない相手とセックスしたりするのであって、死ぬことまではしない。
そしてたとえ消えたいと思ったところで人を刺さない。命を救う医者を目指す者が患者を、作ってどうする。
女の私が露骨に女の側から見ると、これらの飛躍はやや男に顕著に見える。コロナ禍に女性の自殺数が増加したことが報告されたが、それでも男性の半分だ。
殺人犯は7割以上が男性。ちなみに医者も7割以上が男性。報道で引き合いに出される昨年の無差別刺傷事件や放火事件も男性によるもので、法務省が2013年に公表した無差別殺傷事犯に関する研究部報告では調査対象52人のうち女性は1人だった。
歴代ノーベル賞受賞者を見れば女性は5%程度(団体を除く)でこちらもほぼ男性。医者やノーベル賞受賞者の不均衡が是正されると無差別殺人の男女比も均衡になっていくんだろうか。
ジェンダー格差の問題に取り組む人には女の生きづらさだけでなくこうした負の格差の方にも注目してほしい。かつて男に独占されていたポジションを女性が勝ち取ったら、ついでに自殺率と凶悪犯罪率がついてきたなんてシャレにならない。
※週刊SPA!1月25日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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