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「クリミア半島はソ連からウクライナへのプレゼント」というウソ

計画的な移住による人口構成の変化

 さらに、そもそも現在のクリミア半島の人口構成は自然なものではなく、人工的に作られたのである。1783年までにクリミア半島にロシア人は殆どいなかった。戦争でクリミアを取ったロシア帝国は計画的に半島にロシア人を移住させていた。帝国政府はクリミア本当のロシア化を狙い、クリミアタタール人を差別していた。そのため、ロシアの統治に耐えられず、多くのクリミアタタール人はクリミアから移民した。ロシア帝国の130年の間、50万人以上のクリミアタタール人は半島を出た。総人口の100万人もない民族にとっては、大きすぎる数字である。当然、帝国政府はクリミアタタール人の流出を喜び、その代わりにロシア人を住まわせた。  しかし、とどめを刺したのはスターリンであった。彼は1944年にクリミアタタール人の追放を命じて、ソ連の治安部隊はクリミアに住んでいた全てのクリミアタタール人(当時、約25万人)を強制的に貨物列車に入れて中央アジアに移動させた。移動中や到着直後の過酷な環境で、約5万人つまり5人に一人が死亡した。ちなみに、これもソ連の公式な統計で、クリミアタタール人の活動家の主張によれば、民族の46%つまり10万人以上が死んでいるということだ。  その結果、クリミアタタール人はクリミアからいなくなり、その代わりにまた新たにロシア人が入ってきた。クリミアタタール人に故郷へ戻ることが許されたのは1989年である。それまでに彼らはソ連当局から、「ファシストの協力者」とレッテル張りされ、50年間も中央アジアで過酷な環境で生きざるを得なかった。だからクリミアタタール人とはロシアに非常に虐げられていた民族である。  以上の経緯から、現在のクリミア半島の人口構成は自然なものではなく、計画的な移住、民族浄化、弾圧、虐殺の結果である。この経緯から見ると、クリミア半島に住んでいるロシア人には個々人の罪はないが、少なくとも彼らにはクリミア半島の運命を決める権利はどの観点から見てもない。

先住民のクリミアタタール人の意向は?

 それでは、そのクリミアタタール人だが、彼らはクリミア帰属をどう考えているのか。それも明確である。クリミアタタール人のほとんどがクリミア半島はウクライナの不可分の一部であり、クリミアのウクライナ帰属以外の解釈はあり得ないと考えているのだ。  ちなみに、クリミアタタール人の投票行動からも彼らの姿勢は明らかである。ウクライナでも保守右派、中道派、左派、親露派の政党はあるが、クリミアタタール人は国政選挙のたびに決まってウクライナの右派に投票している。だからクリミアタタール人は立派なウクライナの愛国者である。  冒頭に断ったように、本稿で述べられた情報だけではクリミア半島がウクライナに帰属している根拠は十分ではない。クリミアのウクライナ帰属の揺るがない根拠については前回の記事で述べたとおりであるので参照いただきたい。しかし、本稿の情報では、ロシアの主張はいかにでたらめなのか、十分にご理解いただけたと思われる。ロシアのプロパガンダが一流であるため、それが世界中広まり、信じる人は残念ながら多いが、真実はロシアが何の大義もない野蛮な侵略者であるということだ。  最後に、「クリミア半島は元々ウクライナの領土である」と言っておこう。なぜそう言えるのか。先述したように、ウクライナの先祖である古代ルーシはクリミア半島の一部を領有したことがある。ロシア支配の800年も前のことだ。また、1918年に数か月だけだが、当時束の間に独立していたウクライナはクリミアを支配したことがある。さらに、地理的にもクリミアは自然にウクライナ本土と繋がっている。そして、クリミアタタール人は国籍的にはウクライナ人であり、ウクライナへ忠誠している。クリミアタタール人はウクライナ人であるとすれば、彼らがロシア人よりずっと前に住んでいたクリミア半島も、元々ウクライナの領土であると言えなくもない。  上記の主張については「クリミアのウクライナ帰属は揺るがない現実にしても、さすがにこの根拠だけで、元々ウクライナの領土、というのは流石に強引な論理なのではないか」という反論は成り立つか。成り立つかもしれない。しかし、この強引な理屈でも、「クリミアは元々ロシアだ」というでたらめな主張よりはまだ説得力はあると思う。
1987年ウクライナ・キエフ生まれ。2010~11年、早稲田大学へ語学留学で初来日。2013年より京都大学へ留学、修士課程修了。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程で本居宣長について研究中。京都在住。2016年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門で「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと――真の平和を築くために何が重要なのか」で優秀賞受賞。月刊情報誌 『明日への選択 平成30年10月号』(日本政策研究センター)に「日本人に考えてほしいウクライナの悲劇」が掲載。
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