ライフ

一見つまらない人でも、掘り下げれば面白い引き出しを持っているものだ

絶対に客が来ないかと思いきや

 誰も通る人がいないだろうという山奥。さらには日の落ちそうな夕方の時間で輪をかけて人の気配はなかった。そしてかなり怪しげな佇まいの店舗。絶対に客が来ないだろうことはなんとなく理解できたので、おっさんも渋々ながら店番を引き受けた。  けれども、悪いことに客が来た。若者の集団だ。けっこうな勢いで乱暴そうなRV車が駐車場に飛び込んできて、中からワンパクそうなアウトローが何名か降りてきた。 「うぃ~腹減った~」 「まさかこんなところにうどん屋があるなんてさ」  と悪そうなやつが店に入ってくる。全く同意見だ、こんなところにウドン屋があるなんて。それにしても、とにかくやばいことになった。 「い、いらっしゃいませ~」  とりあえず、店番をしている自覚はあるので、いらっしゃいませと言ってみる。若者たちはドカドカとテーブルに座った。 「おれ、きつねうどん~」 「俺も~」  うどん屋なのにうどんがないなんて言ったら殺されるかもしれない。おっさんはとりあえず、冷蔵庫っぽい場所を開けた。

おっさんがとった秘策

「冷凍餃子しかなかったんよ、うどんがどこにもなかったんよ。うどん屋なのに」  殺される。そう思ったらしい。事情を説明しても分かってもらえない。おっさんは腹をくくって、大胆な手段に出ることにした。 「今日はもう、手打ち麺がなくなってね。うちは麺が終わったら店じまいよ、下手なうどんを出すわけにはいかないからね。またきてよ」  おっさんが選択したのは、手打ち麺がなくなったら店じまいするこだわりの名店のふりをする、だった。味にこだわりのある頑固な店主を精一杯に演じた。 「あ、残念。けっこう本格的な店なんだ~」 「いいね、そのこだわり、祐介、またこんど来ようぜ」  こだわりの頑固店主のふりをすると、若者はけっこう納得した感じで帰っていった。 「本当にあの時は殺されるかと思ったよ」  揺れる青葉、車窓から見えるその景色を眺めながらおっさんはそう言った。
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僕はもっと覗きたかった。おっさんの引き出しを
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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