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「金融緩和を維持するための政策」に抱く懸念/倉山満

なぜ経済が大事か。「たかがゼニカネ」と言える自由のためだ

日銀金融政策決定会合 植田総裁が会見

7月28日、金融政策決定会合を終え、記者会見に臨む植田和男日銀総裁。「金融緩和の持続性を高める」ためと強調されたYCC政策の修正には、専門家の間でも解釈が分かれている 写真/産経新聞社

 7月28日の日本銀行政策決定会合で「YCCを柔軟化」と言われても、何が何だかわからない読者の為に書く。『SPA!』読者の大半は、意味が分からないだろうし、専門家の難しい話は私もよくわかんない。だからこそ書く。  そもそも、経済ってなぜ大事なのか。色んな答え方があるが私の答え方は簡単だ。自由を得るためには金が無ければならない。人に媚びずに生きていく自由を得るためには、金が必要だからだ。その証拠に、「たかがゼニカネ」と言っている奴は、一人残らず金の苦労をしていない。  たとえば、実話だ。彼女の浮気相手を殴りに行こうかと思ったけど、電車賃が無いので諦めた。なんて話もある。貧乏人は惨めに泣き寝入りするしかない。なぜ経済が大事か。たかがカネの問題だろう!と言える自由を得るためだ。  今あなたが読んでいる雑誌を見よ。あまりの自由さに出版界は驚愕している。芸能、ファッション、グルメ、エロ、サブカル、政治、経済。右から左から、上から下から、文字から、写真から漫画から。これほど多彩多様な価値観が共存している表現の空間が、今の窮屈な日本でどこにあるか。自由を得るためには、生きていかねばならない。生きていくには飯を食わねばならない。人々の営みを「経済」と呼ぶ。

バブル崩壊後、一度も好景気を知らない日本

 YCCの前に、今の経済状態(我々の生活である)を、我々は正確に捉えられているだろうか。  ’90年代初頭にバブル崩壊、日本は一度も好景気を知らない。’98年以降は、デフレに苦しんできた。デフレとは、2年以上物価が下落している状態で、市場に溢れるモノに対し通貨の量が少なすぎるから起こる。  働けば働くほどモノが溢れかえり、しょせんは紙切れにすぎない通貨の希少性が高まる。モノの値段を安くしないと売れないが、それでも売れないので給料は上がらない。デフレスパイラルは、生き地獄だ。  これに対して、正しい処方箋を示したのが、岩田規久男上智大学教授(当時)だ。週刊SPA!本誌「経済オンチの治し方」の筆者で、後に日銀副総裁となられる方だ。岩田教授は、「日銀が市場に供給する通貨量が少なすぎるので、大規模に供給せよ」と金融緩和の必要性を訴えた。

植田和男氏が行った“最低の裁定”

 これに日本銀行職員だった翁邦雄(おきな くにお)氏が猛反論した(岩田・翁論争)。裁定を買って出たのが、植田和男東京大学助教授(当時)。よくわからない評価で痛み分けを演出、エコノミストの間では翁氏が勝利したかのような雰囲気が広がった。岩田氏に近い人々は「最低の裁定」と憤ったとか。  岩田教授はその後もデフレ脱却の処方箋として金融緩和の必要性を訴え続け、少数派ながら仲間が集まり、いつしか「リフレ派」と呼ばれるようになった。リフレ派の人数を数えた人がいて、40人とか。しかし、38人目くらいに倉山満を数えての数字である。どれくらい少数派か。  ただしその面々は、本田悦朗(内閣参与)、原田泰(日銀委員)、片岡剛士(日銀委員)、若田部昌澄(日銀副総裁)、それに現職の安達誠司委員、野口旭委員らだ。( )の肩書の人々は安倍晋三内閣で登用された。岩田教授も、安倍内閣で日銀副総裁に起用される。
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15年間、無為無策のデフレ放置を続けた日銀と財務省
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1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『嘘だらけの日本古代史』(扶桑社新書)が発売中

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