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ユニクロ、しまむらの影響で苦戦する「アパレル業界4位」。“競争力を失った”納得の理由

化学メーカーで勤務を行う傍ら、経済本や決算書を読み漁ることが趣味のマネーライター・山口伸です。 『日刊SPA!』では「かゆい所に手が届く」ような企業分析記事を担当しています。さて、今回は株式会社ワールドの業績について紹介したいと思います。 卸売業として始まったワールドは90年代に百貨店への出店を進め、2000年代からショッピングセンターへの出店を強化しました。中価格帯~高価格帯のブランドを数多く展開し、一時期は売上高3,000億円を超えましたが、残念ながら現在では縮小に転じ不採算店の閉店を続けています。そして近年では新たな事業を通じて巻き返しを図っているようです。同社の業績が悪化してしまった背景や、今後の施策についてまとめました。
TAKEO KIKUCHI

pict-japan – stock.adobe.com

「タケオキクチ」や「アンタイトル」が主力に

株式会社ワールドは1959年、ニットセーターの卸売業として神戸市で開業しました。67年からはセーターだけでなくトータルブランドを手がけ、74年からは子供服分野にも進出し、卸売業として成長していきます。 その後1975年からはアンテナショップの展開で小売事業にも参入し、82年に売上高が1,000億円を突破しました。1984年からメンズブランドの「TAKEO KIKUCHI(タケオキクチ)」、93年からSPA(※)ブランドとして「UNTITLED(アンタイトル)」を展開し、現在では両者ともワールドの主力ブランドのひとつとなっています。 ※Speciality store retailer of Private label Apparelの略、商品企画や生産、物流や小売まで自社で管理すること

ファストファッションブームで競争力を失う

1990年代から百貨店への出店を強化し、その後、時代の流れに沿って2000年代からはショッピングセンターへの出店を強化しました。2002年には売上高が2,000億円を超え、その僅か5年後には3,000億円を突破しました。 2006年には「SHOO・LA・RUE(シューラルー)」の展開を始めています。当時は年間10以上のペースで新ブランドを立ち上げており、その圧倒的なスピードは業界でも注目されていたほどです。 ピーク時には100以上のブランドを展開していましたが、2010年代から売上高は顕著に下がり続けました。主な要因はユニクロやしまむら、さらにはH&M、フォーエバー21といった海外勢の台頭によるアパレル業界全体の低価格化です。低価格でも品質の優れた服が手に入るようになり、中価格帯をメインとするワールドのブランドは競争力を失いました。
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“過度のブランド展開”が業績悪化を招く
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