ライフ

喫茶店で隣のカップルから妙な提案をされ……物語はいつもいきなり始まる

その日もコメダで原稿を書いていた僕に訪れた事件

 その日も、コメダ珈琲にてパソコンに向かって原稿に取り組み悪戦苦闘していた。 「ここはもっとセンセーショナルに読者に訴えかけたいからあえて『残尿』という言葉を文章の前に持ってきて『残尿』を印象付けるべきか。いや、あえて文末か?」  また考えていることが口から出ていた。何をもってして残尿を訴えかけたいのか完全に謎でどんな原稿を書いているんだよと言うしかない。 「あのー、すいません」  またもや隣の席の客に話しかけられた。 「あ、すいません、ついつい口にしちゃうんですよね。ほんとすいません」  ちょっと食い気味に謝る。そりゃ隣の席のおっさんがパソコンに向かってブツブツと残尿を前に持ってくるか後に持ってくるか、とい呟いていたら怖い。前でも後でもどっちでもいいもん。このへんは本当に申し訳ない気持ちだ。  しかし、向こうからやってきた物語はそんな次元のものではなかった。 「あのー、すいません……」

まさかの提案をされることに

 話しかけてきたのは20代半ばといったところだろうか、今風の青年だけどどこか真面目そうな男だった。彼の席には女性が座っていて、これまた真面目そうで大人しそうな感じだった。雰囲気的に2人は恋人同士なんだろうという感じがした。そして、その彼氏の方が僕に向かってとんでもないことを口走るのだ。 「あのー、僕たちいまから別れ話するんで、ちょっと聞かれたくないんで帰ってもらえますか?」  一瞬、なにを言われたのか分からなかった。パニックになった。  落ち着いて頭の中を整理してみる。  彼らは別れ話をすると言っている。つまり、一緒に座っている大人しそうな女性とはやはり恋人関係であり、これからそれを解消しようというのだろう。そして、そういった付き合うだとか別れるだとか、恋の去就に関わる事項はスキャンダラスなものだ。その会話を他人に聞かれたくない、だから帰ってくれないか、彼氏はそう言っているのだ。  いや、それはおかしいだろ。そもそも聞かれたくないならこんな場所でやるべきではない。もっと人気のない場所でやればいい。もっとひっそりと誰にも聞かれない場所で、別れるだのやっぱり嫌だの、じゃあとりあえず、しばらく距離をおこうだの、そういう風にやればいい。存分にやればいい。 「なんで?」  そんな返答が飛び出した。人生においてここまで心の中をそのまま言葉にしたことがあるだろうかというレベルでそのまま飛び出した。ただ、そう返答しておいて、また頭の中に考えが浮かぶ。
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別れ話は聞かれたくないが、混んでいる店を選ぶという矛盾
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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