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喫茶店で隣のカップルから妙な提案をされ……物語はいつもいきなり始まる

別れ話は聞かれたくないが、混んでいる店を選ぶという矛盾

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写真はイメージです

 彼氏は別れ話を他人に聞かれたくない、それなのにいつも混んでいるコメダ珈琲に来るなんて完全に暴挙だ。もしかしたら、これは彼女の要望なのではないか。彼氏は真面目そうだけど、逆上したら何をしでかすか分からない怖さがある。多くの男は別れの場面で逆上する。きっとする。  そうなると、衆人の目がある公共の場で別れ話をすることこそが鉄則となる。彼女はそんなことを考えてコメダ珈琲での別れ話を希望したが、彼氏は聞かれたくないひっそりやろうとする。それは怖い。その妥協点としてコメダ珈琲に来て、隣の席の客を帰らせる、になったのではないだろうか。そもそもひっそりと話すのが怖いという時点で別れしかないのは明白だ。  訳の分からない言葉であってもそこには物語がある。  ただ、彼氏の聞かれたくないという気持ちもよくわかるので、こりゃ失敬、とドロンしてあげたいところなのだけど、あいにくコメダ珈琲はいつだって大繁盛だ。どうせ僕が帰ってもすぐに別の客がやってくる。 「僕が帰ってもすぐ次の客がきますよ。そうだ、どうせなら僕、ちょっと長めにトイレに行っておきましょうか」  こう提案した。僕がトイレに行くことで、彼氏としては隣に聞かれることなく別れ話をでき、彼女としても衆人環視の公共の場で安全に別れ話をできる。 「すいません、それでお願いします」  彼氏は深々と頭を下げると、そのまま席に戻り、深刻な顔で別れ話を始めた。

気まずい場面に遭遇し、トイレに戻る

 さて、僕も約束どおりにトイレに行かねばならない。ただ、心の中に浮かぶのは、トイレに行くような短時間で別れ話がまとまるのかという疑問点だ。もっとこう別れ話ってこじれたり長引いたりするんじゃないか。  とにかく、ウンコもしたくないのに個室に入って頑張ってみる。そうすると人間とは面白いものでウンコが出るのだ。腹痛とかあったわけでもないので出ちゃうとちょっと得した気分になる。  いやーすっかり出ましたな、と自分の席に戻ると、やはり別れ話は続いていた。自分としてはけっこう長めに行っていたのだけど、やはりウンコ時間でまとまる別れ話などない。 「聞かれたくないから帰れとか知らない人に言えちゃうとことか……」  ちょっとそんな彼女の言葉が聞こえてしまった。ごもっともだ。いかんいかん、彼氏はこういうのを僕に聞かれたくなかったのだ。 「うわー、まだお腹痛い。もういっかいトイレ行かなきゃ」  そう呟いて席を立つ。  さすがに今度はウンコなんてでやしないので、トイレの中で髪形を整えるふりなどしてみる。トイレ周辺は店員さんの往来が多く、トイレの点検にも頻繁にやってくるので、何もせずにボーっと立っていたら明らかに不審なのだ。 「よし、そろそろ別れ話も終わったろ」  けっこう時間を潰したので席に戻る。
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席を立つ理由がそろそろネタ切れになってきた
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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