ライフ

喫茶店で隣のカップルから妙な提案をされ……物語はいつもいきなり始まる

席を立つ理由がそろそろネタ切れになってきた

「そもそも、なにも考えずにローンで買うからでしょ?普通は払えないのなら我慢するでしょ?」  まずいな、別れ話が金銭面のフェーズに達している。こうなると絶対に長い。 「ウンコじゃなくておしっこ出そう。一緒にしておけって言うんだよな」  そう呟いてまた席を立つ。もうトイレで時間を潰す手立てがないのでトイレ周辺でスマホで通話しているふりをする。そしていよいよ別れ話も終わっただろうと席に戻る。 「だいたい、残業だって言ってスロットに行ってるの知ってるから。だからお金ないんでしょ」  まずいな。金銭面フェーズからパチスロフェーズになっている。こりゃ彼氏が革命分岐とか腹切りドライブに夢中になっているやつだわ。腹切りドライブがよくくる台は高設定!とか言ってる場合ではないよ。この別れ話、めちゃくちゃ長くなる。  ただ、もう正当に席を立つ理由がない。もう、おしっこまで理由に使ってしまったのだ。普通に席を立っても構わないのだけど、ここはしっかりと、ヴァルヴレイブに夢中な彼氏とその彼女にどんな理由で席を立つのか伝えたい。

物語は突然やってきて、そして去っていく

 なぜなら、自分勝手に隣に人を帰らせようとする彼氏に不満を抱いているのだ。ここで僕が彼氏のせいで僕が理由もなく何度も席を立っていたら僕もその別れ話の要素の一つになってしまう。まちがいなく彼氏に言われたからだけど、そうではない大義名分だけは残しておきたい。  もう、おしっこという理由は使ってしまった。どうするべきか。そこで天才的な閃きが僕の体を貫いた。 「残尿」  そう、残尿感があまりに酷いからもう一度トイレに行く。僕くらいの年になるとおしっこのあとはいつも残尿感との戦いだ。残尿のためにもういちど席を立っても不自然ではない。大義名分だ。  ただ、問題はどう伝えるかだ。たとえひとりごとといえども、きちんと意図を伝えなくてはならない。ここはセンセーショナルに二人に訴えかけたいからあえて「残尿」という言葉を文頭に持ってきて「残尿」を印象付けるべきか。いや、あえて文末か?そっちのほうが余韻が残るか。  と考えているうちに別れ話が終わったようだった。二人とも陰鬱な感じで席を立ったのでしっかりと別れることになったのだろう。  あれだけ苦労したのに僕には挨拶どころか目配せすらなく、特に彼氏の方は、お世話になりましたくらいあっても良さそうなのに皆無だったので、そういうところやぞ、とまた心の中を呟いてしまった。  物語は突然やってくる。ただ、それは映画や演劇のように用意された物語ではないので、すっきりとした結末とはいかない。なんともモヤモヤが残ることが多いので。それは、立ておるならば、そう、あれだ。残尿(文末にもってきて余韻を残す)。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

1
2
3
4
おすすめ記事