元レースクイーンが社会人歴ゼロから就職。「入社4日で辞めたくなったけど」課長に昇進するまで
モータースポーツの会場を盛り上げる「花形」と言われてきたレースクイーン。
各チームが参戦するレースに帯同し、ドライバーやライダーのサポートを行うほか、企業やマシンをアピールするなど、モータースポーツに欠かせない存在。しかし、レースクイーンの活動を第一線で続けられる期間は比較的短く、引退後の人生を考えなくてはならない職業とも言えるだろう。
加賀さんは東京の大学へ通うために18歳で上京。大学1年生のときに、イベントコンパニオンの事務所にスカウトされたのが、後にレースクイーンになるきっかけとなった。
「4月に大学生活が始まって、5月頃に渋谷をたまたま歩いていたら、事務所の方にスカウトされたんです。当時は、都会に対しての怖さというよりも、とにかく楽しそうという気持ちが強くて、特に警戒とかはせずに事務所に入りましたね。はじめは、フリーペーパーのモデルや東京ゲームショウ、東京モーターショーといったイベントでのコンパニオンなどの現場を経験しました」(加賀さん、以下同)
レースクイーンの仕事に関わるようになったのは、2010年にオーディションを受けたときだった。
「レースクイーンの案件を持っている事務所だったので、仕事の幅を広げるためにオーディションを受けてみたんです。書類選考や面接を受けたのですが、幸いにも合格することができ、バイクショップ『RS-ITOH』が運営するレーシングチームのレースクイーンとして活動を始めました。
そこから、チームが参戦する大会には自分もレースクイーンで参加するようになり、全日本ロードレースや鈴鹿8時間耐久ロードレースといった有名な大会にも仕事で行くようになったんです」
大学在学中はアルバイト感覚でレースクイーンをやっていた加賀さんだが、卒業してからは正社員として事務所のモデルをマネジメントするマネージャーの仕事を務めるようになる。
しかし、結果としては1年で辞めることになったという。
「正社員の初任給は16万円くらいでしたが、ある種プレイングマネージャーとして働いていたので、モデルのマネジメント以外にも自らモデルの仕事をやる場合もありますし、モデルの人員が足りない現場には埋め合わせのために自分が駆り出されたりと、融通が効かないこともあって。それだったら自分で独立してやった方がいいと思い、フリーランスになったんです」
“レースクイーン”という肩書きがあるかないかで、もらえるギャラ(報酬)も大きく異なると加賀さんは話す。
例えば、イベントのコンパニオンは相場で1〜1.2万円なのに対して、レースクイーンの経験があればモデル枠として参加でき、ギャラも3〜5万円にアップするそうだ。
「当日の勤務体系についても、コンパニオンだと一日中企業ブースで呼び込みやティッシュ配りを行いますが、モデルとしてイベントに呼ばれるとステージ上でパフォーマンスしたり企業の製品を説明したりすることができ、しかも短時間の仕事でギャラもいいんですよ。
バイクレースの大会に帯同することはもちろん、レーシングチームの主催イベントや撮影会、モデル活動などいろんな仕事をこなしながら生計を立てていましたね」
そんななか、27歳でレースクイーンを辞めてから一般企業に就職し、現在は“スーパー広報”と呼ばれるまでに。見事な転身を果たしたのが、三陽工業株式会社の広報課で課長を務める加賀 史穂理さん(32歳)だ。
社会人経験ゼロから同社の広報部門を立ち上げ、YouTubeの動画やイラスト制作、ネットニュースでも大きな話題を呼んだ「おじさんTikTok」を主導するなど、その敏腕ぶりを発揮している。
レースクイーンを始めたきっかけや、キャリアチェンジ後に広報パーソンとして成果を出せるようになった理由について加賀さんに話を聞いた。
渋谷で事務所にスカウトされて芸能の世界へ
“レースクイーン”という肩書きを武器にフリーで活動
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている
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