【ムネリンとイチロー運命の7日間】川崎がストッキングを出すスタイルを辞めた理由
それは、あまりにドラマチックな展開だった。
ブルージェイズとマイナー契約を結んだムネリンこと川崎宗則内野手が、突然メジャーに昇格したのは4月13日のことだった。球団傘下3Aバファローのチームに合流したとき、まさかこんなに早く昇格を果たすとは、誰も思っていなかった。何か緊急事態のようなことでも起こらない限り、まずあり得ない。可能性はほとんどなかったといっていい状況だった。
ところが、その「緊急事態」が起きた。主力内野手のホセ・レイエスが深刻なケガをし、内野手が急きょ必要になったのだ。
13日の朝、昼近くに起きたイチローが携帯電話をチェックすると、テキストメッセージ(携帯メール)が入っていたという。「空港にいます」。
川崎からのテキストだった。どこの空港かは書かれていなかったが、バファローからブルージェイズの遠征先カンザスシティーに向かう途中だったのだろう。ブルージェイズはその日はナイターで、午前中に移動すればチームの練習時間にも余裕で間に合う。だが、川崎はチームに合流して練習に参加しただけでなく、何といきなりスタメンで今季のメジャーデビューを果たした。ニューヨークでデーゲームだったイチローは試合後、川崎がスタメン出場すると聞かされ「おっ、いきなりですか。(試合は)何時からですか。すごいね。(朝移動して)その日試合に出てるんだから。なかなかでしょ」と喜んでいた。
その日から6日後の4月19日、イチローが所属するヤンキースはトロントに遠征しブルージェイズと3連戦。川崎がブルージェイズとの契約が決まり渡米する際に「同じ舞台でプレーできれば」と明かした願望は、早くも実現することとなった。
ヤンキースとの3連戦初日、川崎が試合前の練習中に内野で球を受けていると、ビジターのダグアウトからイチローが出てきた。お互いほぼ同時に駆け寄り、どちらからともなくハグをし、ほんの数分だったが立ち話をすることができた。そのときイチローから急にユニホームのズボンの片方の裾をまくり上げられた。やめてくださいとでもいうように裾を押さえても、イチローが無理やり膝丈までまくり上げようとするので、じゃれ合っているようにも見えた。昨年マリナーズでプレーしていたときはイチローと同じようにズボンを膝まで上げてストッキングを出すスタイルにしていたので、イチローから何でストッキングを出していないのかと突っ込みを入れられていたのだろう。
試合後、報道陣からイチローと対戦した心境を聞かれた川崎は「いえ、言わないです。秘密です。イチローさんの話はもう終わりです」とポーカーフェースを貫いたが、翌日もう一度同じことを尋ねられ「気合が入ります」と答えた。会えたのはうれしいと言う一方、敵同士で戦うことに複雑な心境も明かしている。
この3連戦が終わってからわずか4日後、今度はブルージェイズがニューヨークに遠征し4連戦を行う日程になっていた。メジャー昇格から15日間のうち7試合がイチローのいるヤンキースとの顔合わせという、偶然にしてはあまりに出来過ぎた劇的な15日間だった。
だが、ニューヨークの4日間はイチローとフィールドで言葉を交わすチャンスはほとんどなかった。4連戦の初日、川崎が試合前の練習のためフィールドに出て、三塁側のファールゾーンの芝の上でしゃがみ込み、ヤンキースが練習をしているグラウンドの外野の方向をずっと見詰めていた。イチローはライト側の外野にいて、それには気づかなかったのか、練習を終えるとそのまま走ってクラブハウスの中へ消えていった。2日目、今度はイチローが外野からセカンドの付近まで来た一瞬を逃さず駆け寄って握手を交わしたが、それ以外の日にはヤンキースがチーム練習をせずイチローも試合前のフィールドに姿を見せなかったりと、すれ違いが続いた。
「イチローさんもしっかり結果残して…。格の違いをみせつけられた。まだまだ僕も頑張らないといけないと思いました」
4連戦中に、川崎がイチローについて触れたのは、そのひと言だけだった。4連戦最後の日、チームはヤンキースに4連敗を喫し、試合終了後にマウンドのあたりでチームメイトとうれしそうにハイタッチを交わすイチローを、川崎はビジターベンチの一番前でしばらく身動きもせずに見詰め続けていた。
イチローさんと敵同士になるというのは、こういうことなのか……。川崎の胸に去来するのは、そんな思いだったかもしれない。
試合後は報道陣の取材に応じたが、イチローに関する質問が出る前に「また明後日からがんばります。お疲れさまでした」と言ってその場を立ち去り、シャワールームの方へ消えていった。昇格からの劇的で濃密な15日間はちょっと切ない味わいを残し、ニューヨークを後にした。
ところで、どうして今季はストッキングを出すスタイルをやめたのか。聞いてみると、川崎は明るく言った。
「去年は最初からメジャーにいたので、発注して調整がついたのでしてたけど、今年は途中から来たので。発注したものがきたらするかもしれないですけど、まあ僕は気まぐれだからね」
イチローと別のチームで、イチローと違うスタイル。今季はこれでやっていくのだ。もしかしたらイチローとの7試合は、そんな思いを改めてみ締めた戦いだったのかもしれない。 <取材・文/水次祥子>
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