格差社会を生き抜くためのヒントになる“夏目漱石のことば”――政治学者・姜尚中が提言
夏目漱石――その存在を知らない人はほぼいないが、そのわりには人物像、作品世界含めて、かなり断片的なイメージばかりが先行しているのではなかろうか。
没後100年を迎える今年、漱石が遺した膨大な作品群の中から選りすぐりの名言148を取り出した『漱石のことば』(集英社新書)が出版された。著者は思春期から現在に至るまで、半世紀以上にわたり漱石全集を愛読してきた姜尚中氏。「本書は混迷の現代社会を生き抜く座右の書です」と語る著者本人を直撃した。
――漱石の作品群は日露戦争が終結した1905年から発表されています。当時と現代に共通点はあったのでしょうか。
姜:格差が拡大する社会を見ていると、現代が漱石の時代に近付いているのではという錯覚を覚えます。現在、日本の上位10%の富裕層が全体の3割くらいの富を独占していますが、漱石の時代は今よりももっとひどい状況でした。『21世紀の資本』でピケティも言っていますが、格差が拡大する状況では労働よりも資本の価値が大きい。努力が報われない、不遇感、剥奪感というものが、若者たちの間に蔓延する社会です。今はたとえ東大卒でも、奨学金300万円の借金を背負って、利子を含めた額を完済するためにはサラリーマンの初任給から積み重ねて10年以上かかります。漱石は小説『それから』の中で、カネがすべての今の世の中では、結局、縁故やコネがないと帝大を出てもいい目に遭わない。だから、いい目に遭おうとするなら資産家の娘との逆タマに乗るしかない――そう、皮肉っているわけです。
――日露戦争の戦勝によって、国民が皆、一等国へ仲間入りしたと自惚れムードに浸った様子を見て、三四郎の教師・広田先生が「亡びるね」と言い放ったところは、本書でも取り上げられています。
姜:当時の日本は欧米列強に追いつき追い越せで近代化への道を突っ走っていました。が、実態は戦費のために莫大な国債を発行して負債をこうむり景気は後退。その後、日比谷焼き打ち事件、国鉄の値上げで暴動も起きています。現代のグローバル社会というのは、言い換えれば「鉄砲の弾の飛ばない戦場」ですが、そうした若者たちの不遇感が爆発する土壌は、すでに世界的に広がっています。
――爆発する群衆の矛先は今、どこに向かっているのでしょうか。
姜:アメリカでは、格差助長を推進するウォール街に対する強い反発です。所得再配分の推進を提唱するバニー・サンダースを支持する動きも、トランプの過激発言に乗っかるのも根っこは同じです。イギリス労働党はサンダース以上に所得再配分を強烈に打ち出し、若者を中心に支持者を増やしています。アプレゲール(戦後派。既存の価値に対する反体制運動)という言葉は第二次世界大戦後の若者を指していいますが、本来は第一次世界大戦後ではなかったかと考えています。第一次大戦後の世代が、ヒットラーを作り出したとも考えられるわけです。自分たちは剥奪感がある、恵まれていないという世代が暴発する動きは、ベルギーのテロ追悼集会に、極右グループの若者たちが駆けつけて移民排斥を訴えたことからもわかります。
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『漱石のことば』 姜尚中・著 集英社新書 本体760円+税 ![]() |
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