ホーガンがWWEと“絶縁”した日――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第140回
ハルク・ホーガンはブレット・ハートのことなんてまるで眼中にないようだったけれど、ブレット・ハートにとってハルク・ホーガンは目の上のたんこぶ以外のなにものでもなかった。
1年ぶりでWWEに帰ってきたホーガンは“レッスルマニア9”(1993年4月4日=ネバダ州ラスベガス、シーザース・パレス)のラストシーンでいきなりヨコヅナを倒してWWE世界ヘビー級王座に返り咲き、またどこかへ行ってしまった。ホーガンがチャンピオンベルトを持ったまま向かった先は、新日本プロレスのリングだった。
WWEと新日本プロレスの業務提携時代の1985年以来、じつに8年ぶりに古巣のリングに“凱旋”したホーガンは、グレート・ムタとシングルマッチで対戦。怪奇派のムタをこともなげに軽くあしらってみせた(同5月3日=福岡、福岡ドーム)。
WWE世界王座のチャンピオンベルトを肩にかけて『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日)のTVインタビューに登場したホーガンは、ベルトを指さしながら「こんなものよりIWGPのほうが価値がある」とうそぶいた。それは、この映像素材が数日以内にコネティカットのタイタン・タワー(WWE本社ビル)のビンス・マクマホンのデスクに届けられるであろうことを想定しての“確信犯”的なコメントだった。
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