リオ五輪・陸上100mは「ボルトによる、ボルトのための1日」だった
―[リオ五輪]―
女子マラソンを見終えた記者はその後、オリンピック・スタジアムで行われる、陸上を観に行った。もちろんお目当ては男子100m決勝。ウサイン・ボルトや、ケンブリッジ飛鳥、山縣亮太らが出場する「陸上の華」である。
マラカナン地区から、「Super Via」と呼ばれるいわゆる普通の電車で15分ほど。五輪前までは、いくつかのファベーラ地帯を通るので、あまり乗りたくない電車だったのだが、車両も劇的に綺麗になり、快適であった。車両のなかでは、お菓子や飲み物などの売り子(正規のものではない)が頻繁に往復するあたりが往時の面影を残していると言っていい。
最寄り駅につくといきなり爆音が。なんと駅の出口でサンバの楽器隊による演奏が行われていた。コンコースが観戦客でかなり混んでいたが、お構いなし。そんなことよりも「ハレの日のムード」を演出するほうが大事なのだ。事実、混雑にうんざりしていた観客の足取りは軽くなっている。
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1時間半前についたのだが、いつもの通りの大行列。厳重な警備のなかに、ゆるキャラのお巡りさんがいて愛嬌をふりまいている。行列の国籍はさまざまで、ブラジル人よりは外国人が多かった。ジャマイカの応援団がはやり目立ち、ボルト風の人には記念撮影を求める人が続出した。
40分ほど並んで場内へ。2007年に建てられたこのスタジアムは、W杯のときに構造上の問題が見つかり閉鎖されていたのだが、それをクリアーし陸上のメインスタジアムとなった。デザイン重視で快適性がないなど様々な批判に晒された経緯があるが、なんとか五輪には間に合った。
席を探そうと場内の案内を見るが、文字が小さすぎて良く見えない。しかも矢印通りに進んでも目的のエリアにたどり着かないなど、迷ってしまった記者。そうこうしているうちに最初の競技が始まってしまった。係員に聞いてなんとか席にたどり着いたが、目の前を見て愕然とした。柱が邪魔をして100mのスタート地点が全く見えない「見きれ席」なのである。正規の値段で入場券を買ったのに……とぼやいても仕方がない、幸いにしてまわりに空席が多かったので見やすい席に勝手に移動する。記者の周りの「見きれ席」の人々も空いている席にどんどん移動している。
全体を見渡しても空席が目立っていたが、100m準決勝が近づくと急に観客が押し寄せた。ボルトの登場に熱狂する観客。他の競技中にも関わらずウェーブが2周、3周……この日はブラジル人の出場がなかったため、彼らも大人しいなと思っていたが、そうではなかった。日本期待の山縣亮太はボルトと同組、しかしボルトの力は圧倒的で、流して9秒81、余裕の予選1位突破だった。
しかしその後、100m決勝を首を長くして待つ観客に衝撃が走った。直前に行われた男子400mで南アフリカのバンニーキルクが世界新記録を出して優勝、恐らくまったく予想していなかった大記録に驚く観客。世界新記録とアナウンスされると、スタンディングオベーションが湧き上がった。
その興奮の余韻を残したまま100m決勝へ。まずアメリカのガトリンがアナウンスされるとブーイング。そしてボルトがアナウンスされると大歓声。皆スマホを出して世紀の一瞬を撮影しようとする。「ボルト!ボルト!」とあちこちから声が飛ぶ。観客席の後ろのほうにいた客が勝手に前のほうに押し寄せてくる。記者もカメラを構えていたが、お構いなしに前を横切ってくる。選手がスタートラインに立つと、どこからともなく「シーッ!」という声が。
一瞬の静寂のあと号砲。ゴールの瞬間、会場は蜂の巣をつついたような騒ぎに。ボルトの「例のポーズ」が出るとだれもが真似をして、記念撮影。その後ボルトは場内を一周したが、その時間の長いこと。近くでボルトを見ようと人がどんどん押し寄せてくる。
しかし、可哀想だったのは、この間も競技が続いていた男子棒高飛びの選手たち。ボルトを観て満足した観客は一斉に帰り始めてしまったのだ。真後ろでボルトの記念撮影が行われているのに抵抗するように、観客に手拍子を求めていた、アメリカの選手がいじらしいほどだった。
駅へ向かう帰り道では、ジャマイカの応援団と記念撮影する人、握手を求める人が続出するほどの興奮状態。この日ばかりは自国の選手ではなく、世界のスターに熱狂したブラジル人たちだった。 <取材・文・撮影/遠藤修哉(本誌)>
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