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AOWの試作品“ショットガン・サタデーナイト”――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第238回(1997年編)

WWE・RAWマガジン

新番組「ショットガン・サタデーナイト」はAOW路線の試作品。番組キャスターはビンス・マクマホンとサニーがつとめた(写真はWWE・RAWマガジン表紙より)

 WWEのAOW(アダルト・オリエンテッド・レスリング)路線は、1997年1月、新番組“ショットガン・サタデーナイト”のプロデュースで本格的にそのスタートを切った。

 AOW路線とはかんたんにいえばオトナ向けのプロレスの提案だった。ライバル団体WCW(ワールド・チャンピオンシップ・レスリング)はケビン・ナッシュ、スコット・ホール、ショーン・ウォルトマンのウルフパック派閥、ロディ・パイパー、テッド・デビアスら大物の引き抜き、ハルク・ホーガンのまさかのヒール転向と“新団体”nWo発足で大ブームを巻き起こしつつあった。

 WWEとWCWの2大メジャー団体による“月曜TVウォー時代”のなかで、1997年はWWEがもっとも苦戦を強いられた1年だった。

 WCWの“マンデー・ナイトロ”の1996年下半期から1997年にかけての平均視聴率は3.5パーセントから4パーセント台をつねにキープしていたが、WWEの“マンデーナイト・ロウ”の平均視聴率は1.5パーセントから2パーセント台に低迷していた。

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生中継と録画の隔週オンエアがテイッ視聴率の原因?

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