更新日:2022年08月14日 11:41
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佐藤優の人生相談「震災後、毎日泣いている」

【佐藤優のインテリジェンス人生相談】 “外務省のラスプーチン“と呼ばれた諜報のプロが、その経験をもとに、読者の悩みに答える! ◆相談者 チョコミント(ペンネーム) 大学院生 男性 25歳 震災による津波の影響で実家が全壊し、父親も失いました。もう9か月経ちますが、いまだに立ち直ることができず、無気力な状態で毎日泣いてばかりいます。修士課程修了後に働かなければならなくなったのですが、就職先も決まっていません。周りの人間(教員など)は一方的に「時間が解決してくれる」とか「君自身が気持ちを切り替えなきゃどうしようもないんだよ」などと言ってきます。しかし、私には家族以外に信頼できる友人などが一人もいません。通っている大学の臨床心理士にも話を聞いてもらったりしましたが、状況は改善されません。自殺をしたいとは思いませんが、生きていく希望がありません。 ◆佐藤優の回答  肉親の死と向き合うのはたいへんなことです。私の母は’10年7月に死去しました。富士山の裾野にある父と同じ墓に母の納骨を済ませたのですが、遺骨の一部はまだ私の仕事部屋にあります。母から故郷の沖縄・久米島の夕陽がよく見える場所に骨の一部を埋めてくれと言われているのですが、母と別れるのが何となく淋しいので、まだ墓を建てていません。無気力状態で生きていく希望が見いだせないときは、あえてお父さんの死について考えないことも必要と思います。その代わりに、さまざまな人の評伝や自伝を読み、他人の人生の経験から学ぶことが重要です。  人間の命や運命について考えるのによい本がたくさんあります。最近、私が読んだ中ではマーク・カーゼム著『マスコット』がとても勉強になりました。著者の父アレックスは5歳のときにナチスのユダヤ人虐殺に遭遇しましたが、奇跡的に生き残りました。その後、数奇な運命から突撃隊の少年兵になり、ナチスのプロパガンダに利用されます。学者になった息子マークとともにアレックスは、自分の過去をたどります。そして、ベラルーシ共和国の首都ミンスク郊外のコイダノフ村が出身地であることを突き止めます。 <「朝になると、人々があそこから、つれて行くのを見た。あの小屋があるあたりからだ。私はここで、木立の間からのぞいていた。人々は向こうの丘で、兵隊たちに押したり突かれたりして並ばされ、いくつかのグループに分けられ、下の空き地へつれて行かれた」と父は言って、僕たちが先に通ってきた空き地の向こう側の丘を指さした。そして父が「私の母と子供たちが」と言いかけたとき、空気が激しく気道に流れて、しばらく言葉が続かなくなった。「それから私の一族が、その中にいるのが見えた。かれらはすぐ前にいた……あの穴の」  父は深く息を吸い込んだ。 「母親は弟と妹を抱いていた。彼女は自分に迫って来る危険から視線をはずした。そのとき彼女は、確かに木立の間にいる私を見た。ほんの一瞬だったが、私は母親の目を見た。彼女には私が見えた。母親は目覚めたとき、私の姿が見えないので動転したに違いない。だが、彼女は私が生きていることを知った。これだけでも価値が……」  僕は父を見つめた。極度の興奮状態にあるようだった。「私は声を出さないように、自分の手を嚙んだ」。いまにも窒息しそうな声だった。そしてその日の恐怖を再現するように、自分の手を持ち上げて嚙んだ。血が手首から、シャツのカフスに垂れて行く。>(『マスコット』353頁)  人生の不幸や苦難は、さまざまです。重要なのは悲しんでいるのと同じように過去に悲しんだ人、現在、悲しんでいる人、そして将来、悲しむことになる人に思いをはせることです。人間には、立ち直るための根源力があります。この根源力を信じることです。 【今回の教訓】 過去・現在・未来の悲しみを想像しよう ◆募集 佐藤優さんへの相談を募集中。匿名希望の方はペンネームを記入してください。採用者には記念品をお送り致します ⇒応募はコチラから https://nikkan-spa.jp/icol_form 【佐藤優】 60年生まれ。’85年に外務省入省。在英、在ロシア連邦大使館、国際情報局分析第一課で活躍。’02年に背任の容疑で逮捕。『インテリジェンス人生相談』個人・社会編に続く第3弾、新刊『インテリジェンス人生相談〈復興編〉』が発売中!
’60年生まれ。’85年に同志社大学大学院神学研究科を修了し、外務省入省。在英、在ロ大使館に勤務後、本省国際情報局分析第一課で主任分析官として活躍。’02年に背任容疑で逮捕。『国家の罠』『「ズルさ」のすすめ』『人生の極意』など著書多数

◆募集◆
佐藤優さんへの相談を募集中。匿名希望の方はペンネームを記入してください。採用者には記念品をお送り致します。⇒応募はコチラから https://nikkan-spa.jp/icol_form

生き抜くための読書術

ウクライナ危機、元首相暗殺事件、コロナ社会、貧困etc. 分断社会を打破する書物とは?

◆今回の参考文献
マスコット―ナチス突撃兵になったユダヤ少年の物語

5歳のユダヤ人の少年は出生の秘密を隠してどうして生き延びることができたのか――幼い主人公は虐殺を逃れてひとり森をさまよって、ある日、軍隊に捕らえられる。殺される代わりに、兵士らのマスコットとされる。バルト3国のラトビアはドイツの支配下にあった。少年兵は新聞にも映画にも出て、ナチスの宣伝に利用された。しかし、大人になって記憶はあいまいだ。自分はだれか? 50年後にこの秘密を息子に知らせ、父子で過去の謎解きに向かう。ついに、母親と弟の殺された現場に立った。第2次世界大戦中の衝撃的な実話。

インテリジェンス人生相談 復興編

超個人的な問題から佐藤優が導く日本復興のシナリオとは!?

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