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アンダーテイカーの“弟”ケイン出現!――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第270回(1997年編)

RAWオフィシャル・マガジン表紙

1997年デビューのWWEの新キャラクターでいちばん強烈なインパクトを残したのが“アンダーテイカーの弟”ケイン。ツームストン・パイルドライバーの使い手はアンダーテイカーとこのケインだけなのだ(写真はRAWオフィシャル・マガジン表紙より)

 “アンダーテイカーの弟”ケインが初めてその姿を観客のまえに現したのは、運命の11.9“サバイバー・シリーズ”モントリオール大会を1カ月後に控えてのミニPPV10.5“イン・ユア・ハウス18/バッド・ブラッド”(ミズーリ州エントルイス、キール・センター)だった。

 イベントのサブタイトルの“バッド・ブラッド(悪い血)”とは不仲、敵意、憎悪、遺恨といった意味で、ここではショーン・マイケルズとアンダーテイカーの関係を指していた。

 アンダーテイカーは8.3“サマースラム”イーストラサフォード大会で“ヒットマン”ブレット・ハートに敗れWWE世界ヘビー級王座から転落したが、その原因をつくったのは同タイトルマッチで特別レフェリーをつとめたショーンだった。

 アンダーテイカーとショーンは9.7PPV“イン・ユア・ハウス17/グラウンド・ゼロ”(ケンタッキー州ルイビル、ルイビル・ガーデンズ)でシングルマッチで対戦。この試合が両者反則のノーコンテストで終わったため10.5PPV“イン・ユア・ハウス18/バッド・ブラッド”での再戦が決定し、同大会のメインイベントとして超大型変形金網マッチ“ヘル・イン・ア・セル(密室の地獄)”がラインナップされた。

 完全決着戦としてプロデュースされた“密室の地獄”は、終わってみればそのまた向こう側にあるもうひとつの“密室の地獄”のドアをこじ開けるカギの役割を果たしていた。

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試合開始から約30分後

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