僕に女装を教えてくれた「嶽本野ばら」好きの彼女との思い出――女装小説家・仙田学の『女のコより僕のほうが可愛いもんっ!!』
一緒にいた期間は2年と少し。私が大阪芸術大学に進学し、彼女が大学を卒業して就職すると疎遠になっていった。数年後に再会した。何度か会ううちに当時の気持ちが再燃してきた私は、いまでも好きだと伝えた。連絡をくれたのは彼女のほうからだったし、すでに結婚していた彼女から旦那の愚痴を聞かされてもいたので、押さずにはいられなかった。
――そんなつもりじゃなかったのに。私は純粋な気持ちだったよ。
これ以上不純な気持ちはないように思えた。
――女装を教えてくれてありがとう。
苦し紛れにそう答えると、彼女はさらに怪訝な顔をする。彼女は嶽本野ばらが好きだった。嶽本氏が難波で営んでいた古本屋に何度か連れられて行ったこともある。嶽本氏はレジで会計をしていた。何の本を買ったのかは覚えていない。釣りを渡されるときに、お金の扱いが雑だな、と感じた。嶽本氏はスカートを履いていた。
――女装? 男のひとだってスカート履いたっていいじゃないって思っただけなんだけど。
私が私らしくあるための武器として、女性の格好を私にさせていたらしい。
当時はわからなかった。
ひとりになってから、女装は彼女に認められるための手段ではなく、食事や睡眠と同じくらいの、私に属する欲求となっていった。家で着替えてフルメイクもしてから、母親に最寄り駅まで送ってもらった。車内は無言。京都市内の繁華街で、街歩きを楽しんだ。すれ違うひとびとの視線が、男の格好をして歩いているときとは違って、ちらちらと向けられることが多い。可愛いからチラ見されているのだろうと悦に入っていた。
女装散歩中に唯一困るのはトイレだ。男性用トイレで、スカートをまくりあげて立ちションをするわけにもいかない。それだけはプライドが拒んだ。悩んだ挙句に、女性用トイレを選んだ。わきの下に汗をかきながら女性用トイレの前を徘徊して、人影が途絶えたところで一気に駆けこんだ。
便器にしゃがんだ瞬間に、耳を疑った。隣の個室から、女性の放尿音がダイレクトに聴こえてきたのだ。入れ替わり立ち代り。顔も見えない女性たちの。驚く理由は一ミリもないのだが、あれほど驚いたことは後にも先にもない。おまけに勃起していた。周知のごとく、勃起したまま放尿することは不可能。肉を切らせて骨を断つ。私は女装姿のまま、女性用トイレの便器にまたがってオナニーをした。長々と射精をした後に、静まるのを待ってから放尿をした。
小窓から見上げると、秋空に月がかかっていた。
仙田学◯京都府生まれ。都内在住。2002年、「早稲田文学新人賞」を受賞して作家デビュー。著書に『盗まれた遺書』(河出書房新社)、『ツルツルちゃん』(NMG文庫、オークラ出版)、出演映画に『鬼畜大宴会』(1997年)がある
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