写真家・篠山紀信が語った「ジョンとヨーコ」のある思い出――仙田学の『女のコより僕のほうが可愛いもんっ!!』
あなたの女装姿でグラビアページを作りたい。撮影は篠山紀信氏。そんなオファーを受けた小説家は、世界にも類例がないだろう。ある意味ノーベル文学賞を受賞するより狭き門だ――
2013年8月5日の17時を少しまわった頃だった。南麻布にある有栖川公園に、篠山紀信氏は現れた。
その日、3つ目の現場だとのことだったが、疲れた様子はなく笑顔と大きな笑い声で挨拶に応じてくださった。小説を書いています、と自己紹介をしたところ、これまでいろんな作家を撮ってきたけどみんなブレイクしてるから、大丈夫きみたちもイケるよ、と返される。新人賞をいただいてデビューしたものの、10年以上もパッとせず、原稿の書き直しを命じられたりボツになったりすることはしょっちゅうだし、大きな文学賞にはノミネートすらされたこともなく、単行本はようやく一冊だせただけ。ブレイクする、などと考えただけでバチが当たるような気がしていた私にとって、篠山氏のひと言は眩しすぎた。
同時にいろんな文脈が頭をよぎった。私が中学生の頃に憧れたグラビアアイドルの写真には、篠山氏の撮影したものも含まれていた。宮沢りえの『Santa Fe』、樋口可南子の『water fruit』、高岡早紀『one, two, three』の3冊の写真集は、いまもたまに開くことがある。10代だった私には、安価とはいえない写真集をジャケ買いすることも、書店のレジまで持っていくことも大冒険だった。
この連載の第1回で書いたように、私にとってグラビアアイドルとは、果てしなく所有欲を掻きたてられる存在だった。それでいて、その対象は決して手に入れることはできないのだ、ということを教えてもくれる。絶望の象徴だ。
だが篠山氏の写真集から絶望を感じたことはなかった。宮沢りえも樋口可南子も高岡早紀も、所有欲を誘発してはこない。むしろ彼女たちこそ、自分自身の体を持て余しているかのように、戸惑ったような表情を浮かべている。誰にも所有されていない肉体がそこにあった。それなら私も彼女たちを所有できなくていいのだ、と思うと気が楽になった。私も自分自身をそれほどしっかり掴まえておかなくてもいいのだと言われているようで、写真集を開くたびに折々の焦りや不安から解放されてきた。
篠山氏にお会いしてカメラを向けられたときにも、同じような安心感に包まれた。スタッフの方々に誘導されて、有栖川公園の奥の池に向かう。池から延びる小さな川を辿ると、渓流があった。とても都心とは思えない、奥多摩の渓谷のような風景だった。その渓流に突きでた岩の上が撮影場所だとのこと。被写体の青沼静哉氏と私は、飛び石を伝い岩の上に渡った。青沼氏は釣り師スタイル。私はピンク色の浴衣姿だ。
第二回 女装小説家 仙田学の「女のコより僕のほうが可愛いもんっ!!」


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