よそいきホークとジョーンおばさまのトーキョー・ウォーク――フミ斎藤のプロレス読本#026【ロード・ウォリアーズ編エピソード11】
刀剣博物館は、代々木と参宮橋のあいだの迷路みたいな道のなかにあった。東急ハンズでは、5Aと5Bのフロアで文具、ステーショナリーを買ってから1Bで照明器具を見てまわる、といってジョーンおばさまが仕切った。文具コーナーでは、冷蔵庫にペタンと貼っておいてメモや写真をはさんだりするお寿司の形のマグネットを買った。
青山のスパイラル・ホールでは、ヨーコ・オノの個展が開かれていた。神田で食べた“あんこう鍋”は、よくアメリカ人がこんなスライミーなものを食べる気になったもんだと感心してしまうような微妙なテイストの高級ジャパニーズ・ディッシュだった。
交通博物館の入館料は大人300円。旧国鉄の列車――車両をきれいに半分に切って内部の機械部分がディスプレーされていた――などが展示してある地味なミュージアムだった。
ジョーンおばさまは、トーキョーに来たばかりだというのに博物館や美術館のたぐいにめっぽう強い。
「ゲストの方がたをご案内して歩かなければなりませんから」といっておばさまはにっこり笑った。
ジョーンおばさまは、アメリカのファーストレディーになっていたかもしれない方なのである。
トーキョーの半日ツアーのクライマックスは、ジョーンおばさまのダーリンがいるアメリカ大使館。正面玄関でもエレベーターのなかでも、みんながこちらに向かって軽く頭を下げ、ほほ笑みかけてくる。
そんなふうにトリートされるのは悪い気はしないけれど、ほほ笑みかけられているのはもちろんジョーンおばさまひとりだけだ。
「きょうはどんな1日でした? お忙しかった?」
ジョーンおばさまがご主人に話しかけた。
「ミスター・ホソカワとずっと電話で話していた。きょうは3回も話した」
「あら、プライム・ミニスター?」
ミスター・ホソカワとは細川護熙総理大臣のことである。
ジョーンおばさまのダーリンのウォルター・モンデールさん――ジミー・カーター政権時代のアメリカ合衆国副大統領――は、ジョーンさんの目をしっかり見つめながら、きょうあったことをひとつずつていねいに報告した。
仲のよさが自然だと、こっちまでニコニコしたくなる。ジョーンおばさんは「彼はミスター・マイク・ヘグストランド。エレノアの古いお友だちで、彼も毎月、ミネアポリスとトーキョーを行ったり来たりしてらっしゃるの」とモンデール大使にホークを紹介した。
ホークが「ミスター・モンデール……」とあいさつをしようとすると、モンデール大使は「ウォルターと呼んでください」といって握手の手を差し出した。
ジェントルマンの微笑をたたえ、ホークは「じゃあ、ウォルター……」とファーストネームでモンデール大使に話しかけ、ふたりは握手を交わした。
さすがのホークもちょっとだけ緊張しているようだった。ホークのよこで直立不動で立っていたぼくは、あとでゆっくり笑おうと思って、よそいきのホークの顔をよおく観察しておくことにした。(つづく)
※文中敬称略
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文/斎藤文彦 イラスト/おはつ1
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