愛しい人たちがそこにいる、っていう感じ――フミ斎藤のプロレス読本#088【サブゥー編エピソード8】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
サブゥーはベーコン・チーズバーガーをほおばっていた。大丈夫かな、ひとりで来られるかな、なんて心配しながらフレンチフライをかじっていたら、コンコースのなかをずっと向こうのほうから歩いてくるミブゥーの姿がみえた。
待ち合わせ場所はデトロイト国際空港のJMデイビー・ターミナル内の“バーガーキング”。時間はアラウンド・ヌーン。予定はいつだってちょっとアバウトである。
人ごみのなかでも、おたがいのことはすぐにみつけることができるのだろう。ミブゥーは安心したような顔でにっこり笑い、100メートルも離れたところから手を振った。
きのうの夜、ECWアリーナで試合をしたサブゥーは、朝イチの便でフィラデルフィアからデトロイトまで戻ってきた。ミブゥーは、自宅のあるランシングからちいさなプロペラ機のコミューター便でここまで飛んできた。
トーキョー行きの直行便が出るのは午後2時。ふたりでいれば14時間のフライトはそんなに長くない。
もちろん、ミブゥーはニックネームである。本名は“ヒトミ”で、ヒトミの“ミ”とサブゥーの“ブゥー”をくっつけてミブゥーになった。サブゥーといっしょに暮らすようになって8カ月が経過した。
ミシガンのホワイト・クリスマスを体験して、雪が溶けて町じゅうがぬかるみみたいになるぽかぽかの春の日を目撃して、どしゃ降りの雨を家のなかからながめていたりしたら、あっというまに夏が来た。
トーキョーの24時間とランシングの24時間は、時計の針の動き方がまるでちがう。東京で生まれて東京で育った日本人にしては、ミブゥーはのんびり屋さんのほうに入る。だから、言語によるコミュニケーションが完ぺきでなくてもちっとも気にならない。
サブゥーとの会話はわかりやすいイングリッシュとかんたんな日本語のミックスになっていて、ふたりのあいだでしか成立しないジャパングリッシュのフレーズなんかもいくつかある。だいたいのことは、おたがいの顔をみればわかるようになってきた。
「ねえ、セーシュンしてる?」と聞いてみたら、ミブゥーの答えは「えっ? ……うん」だった。トーキョーに住んでいたヒトミは夏だってろくに日焼けもしないような子だったのに、ミブゥーの顔はこんがりと小麦色になっていた。
毎日、家の庭で芝刈りをしているうちにこうなってしまったのだという。ミブゥーは自分でも気がつかないうちにミブゥーに変身していた。
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