ECWが田中将斗にスタンディング・オベーション――フミ斎藤のプロレス読本#124【ECW編エピソード16】
アメリカのプロレスラーにとっては、試合と試合後のおしゃべりのシーンまでがワンセットで1日の業務になっている。田中は、ほかのボーイズの動きをなんとなくよこでみていた。
女性マネジャー兼広報担当のビューラ・マクギリカティーがホテルまでの移動の足は確保してあるかどうかをたずねてきた。「まだなにかあれば残ります、もう帰っていいなら帰ります」という英語のセンテンスを必死に頭のなかで並べているうちにビューラはまたどこかへ行ってしまった。
とりあえず、あいさつをしておくべき人たちにはちゃんとあいさつをしてから帰ろうと思ってそのへんをうろうろしていたら、田中を発見したポール・Eが遠くのほうから「こっちへ来い」という感じで手を振った。
田中がジャパニーズ・スタイルの“90度のおじぎ”で頭を下げると、ポール・Eはポケットからキャッシュを300ドル取り出して、それを乱暴に田中の手に握らせた。
田中を乗せた“無言のライド”がJFK国際空港のすぐそばのホテルに着いたのは午前2時過ぎだった。ポール・Eがくれた300ドルの現金はファイトマネーではなくて「これでメシでも食ってくれ」というご祝儀のたぐいだった。
そういえば、夕方の4時にニューヨークに着いてからまだいちども食事をしていなかった。無言のドライバーは、田中をホテルのまえで降ろすと深夜のフリーウェイの闇のなかへ消えていった。
英語が完ぺきでなくてもチェックインくらいはできる。ホテルの1階のレストランはもう閉まっていたし、コーラの自動販売機には1ドル紙幣2枚と20ドル紙幣を1枚を吸い込まれた。
ニューヨークが午前2時ならトーキョーは午後4時。「なんだ、もう月曜の夕方になっちゃったのか」
田中はバケットに山盛りに入れた氷をボリボリかじりながら、ベッドによこになった。
※文中敬称略
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文/斎藤文彦
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