便利でお得なフェ●チオカードはいかがですか? 今ならTポイントが貯まります――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第35話>
―[おっさんは二度死ぬ]―
昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか——伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート!
【第35話】Tポイントカードを出さない理由
いつも罪悪感を抱えていた。
コンビニで会計をするとき、呪文のように常に投げつけられる言葉がある。
「Tポイントカードをお持ちですか?」
ハツラツとした店員は、何の悪意もなくそう言う。なんてことはないセリフだ。けれども変哲もないその言葉が僕の心の中の良心だとか正直さだとか、そういったものを司る部分を強烈に締め付けるのだ。
「いえ、もってないです」
僕はそう答える。本当は持っているのにだ。
ここが大きなポイントなのだけど、携帯電話会社か何かで作らされたTポイントカードがしっかりと財布の中に鎮座しているのだ。カードの表面に白い犬がついているやつだ。ちゃんとTポイントとか書いてある。あれがしっかり入っているのだ。
「Tポイントカードをお持ちですか?」
「いえ、もってないです」
コンビニで買い物するたび、ファミレスで食事をするたび、本屋で買い物をするたび、嘘をついている。持っているのに持っていないと言い続けなければならないのだ。そのたび、僕の心が削られていくのを感じる。そう、僕はTポイントによって日々消耗しているのだ。
さらに、「持っていない」と答えると、大抵の店員はこう返す。
「失礼いたしました」
なぜか謝罪するのだ。それを聞いてまた僕の心は締め付けられる。本当は持っているのに持っていないと嘘をつき、店員に謝罪までさせているのだ。なんてやつだ。これはもう悪とかそういうレベルのお話だ。
なぜそこまで頑なにTポイントカードを出さないのか。心が削られる思いがするくらいなら素直に出せばいいじゃないか、ポイントもたまるし、と思うかもしれないが、事はそう単純ではない。
そもそもTポイントカードとはなんであろうか。
そう、お得なカードだ。買い物するたびにカードを提示すれば金額に応じてTポイントなるものが付与される。貰ったTポイントは別の買い物にも使えるわけで、まあ、損はしない。完全にお得と呼ぶしかない代物だ。
ただ、冷静になって考えてみても欲しい。問題はそのTポイント、どれだけ貰えるのかという点だ。今ちょっと調べてみたが、例えばコンビニの場合、200円の買い物につき1ポイント貰える計算のようだ。1ポイントはそのまま1円として使えるので、まあ、200円で1円もらえるようなものだ。
ここでよくよく考えてみると、コンビニで20万30万と買い物する猛者はそうそういない。まあ、普通に昼飯とか飲み物とか雑誌とかSPA!とか、そういう買い物だ。800円使えばいいほうだろう。600円くらいかもしれない。とうことは、僕がいつも心を痛めている場面は3円、もしくは4円もらえるかどうか、そういった場面なのだ。
もう一度書く、3円、もしくは4円もらえるかどうか、そんな場面でカードを出すか出さないか逡巡し、心を砕いているのだ。3円だぞ、3円。
もちろん、3円のためにカードを出す手間をとることは効率が悪いとか言うつもりはない。ちりも積もればなんとやら、というのもわかる。マメにカードを出し、3円だろうが4円だろうが受け取る大切さは理解しているつもりだ。それでも僕はTポイントカードを出せない事情がある。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri)
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『pato「おっさんは二度死ぬ」』 “全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"―― |
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