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山口百恵が40年ぶりの著書を刊行。人気絶頂の21歳で引退した百恵伝説

 1980年、俳優の三浦友和と婚約したことを発表し、これをきっかけに芸能界を退いた山口百恵。当時、人気絶頂にありながら引退を宣言し、世間に大きなインパクトを与えた彼女は、以降、表舞台に姿を見せることはなかった。  そんな彼女が、7月26日にキルト作家・三浦百恵として、約40年ぶりとなる著書を刊行することが発表されている。『時間(とき)の花束 Bouquet du temps』と題された作品集には、彼女が家族や友人のために作ったものなど、約70作品の写真が掲載されており、また、作品にまつわる家族とのエピソードなども紹介されているという。
Bouquet

引退して以降、表舞台に姿を見せることのなかった山口百恵だが、結婚後に始めたというキルト製作で、三浦百恵として作品集を発表することとなった。(画像は『時間(とき)の花束 Bouquet du temps』の表紙)

 さらに近影写真も収録されているとのことで、作品集が発売された折には、“伝説の歌姫”とも言われている彼女の話題で、世間は大いに盛り上がるだろう。しかし、今の若い人たちの中には、彼女のことを詳しく知らないという方も多いはず。  そこで今回は、山口百恵の軌跡を辿りながら、伝説となっている彼女のすごさをご紹介していこう。

芸能界入り以前:同い年の森昌子の活躍が刺激に

 山口百恵は1959年生まれ。彼女がデビューするきっかけとなったのは、1971年に始まったオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)だ。ここに、同い年の森昌子が出演したのを見て、興味をひかれたという彼女は、応募を決意したという。  予選会などを経て、1972年12月の決勝大会に進んだ百恵は、オーディション挑戦者が歌唱を披露した後に、事務所やレコード会社がスカウトする形式のこの番組で、20社からの指名を獲得した。

「青い性路線」:過激な曲で徐々に人気を高める

 ホリプロに所属することとなった百恵は、1973年4月に公開された映画『としごろ』に出演し、同名曲で歌手デビューを果たす。彼女に加えて、先に述べた森昌子、同じく『スター誕生!』に出演し、25社から指名されるという番組史上最多記録を作った桜田淳子の三人は、“花の中三トリオ”と呼ばれ、注目を集めることとなった。  しかし、14歳の新人らしい曲であった「としごろ」のセールスが、思ったほど伸びなかったため、百恵は早々にイメージチェンジを余儀なくされる。第2弾シングルとなった「青い果実」では、歌い出しから“あなたが望むことをすべて受け入れる”という趣旨の衝撃的な歌詞で、大きな話題となった。  中学3年生が際どい内容の曲を歌うことには、少なからず批判もあったようだが、結果的にはこれが大成功。ここから始まる「青い性路線」と呼ばれる一連の楽曲で、どんどんと人気を高めていくこととなる。
としごろ

デビュー曲だった「としごろ」では、セールスに苦しんだ百恵。しかし、この後に路線変更して、大ブレイクを果たすこととなる。(画像は『山口百恵 ファースト・アルバム としごろ』のジャケットより)

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歌手としても女優としても大成
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