更新日:2023年04月25日 00:38
スポーツ

日本シリーズ、屈辱の4連敗の歴史。今期惨敗だった巨人は過去にも…

豪打の巨人が獅子を粉砕 2002年 巨人対西武

 就任1年目の指揮官同士の対決となった2002年、原辰徳監督率いる巨人の強力な打撃陣の前に伊原春樹監督の西武ライオンズが4タテで屈した。
清原和博 告白

画像:清原和博 告白(文藝春秋)

 西武は初戦、先発に松坂大輔を立てるも、清水隆行、清原和博の本塁打で早々にノックアウト、打線も巨人先発上原浩治を捕まえられずに第1戦を落とす。続く2、3戦目は巨人が何れも二桁安打を記録し快勝、第4戦もリリーフのマウンドに立った松坂が巨人打線に捕まり万事休す。巨人は短期決戦に勝負強さを発揮する清原、この年を最後にMLBへと旅立った松井秀喜等主力の他、後藤孝志や斎藤宜之といった伏兵の活躍もみられライオンズを圧倒した。  伊原春樹氏は後年、この戦いを振り返ったコメントの中で自チームと巨人打線の迫力の差があまりにも大きかったと語っている。

本拠地での終戦、史上ワーストも記録 2005年 千葉ロッテ対阪神

 3戦目までいずれも10失点での敗北、最終戦は接戦に持ち込むも追いつくことができず、地元甲子園球場で相手の胴上げを見ることになった2005年シリーズ出場の阪神タイガース。パ・リーグプレーオフを勝ち上がった千葉ロッテマリーンズを相手に厳しい現実が突き付けられる戦いとなった。  シリーズを通してのチーム防御率が8.63、本塁打0、総得点数4と史上ワースト記録となる数字が表すように、ロッテの勢いに飲み込まれ、この年のタイトルホルダーとなった今岡誠や下柳剛、さらにはジェフ・ウィリアムズ、藤川球児、久保田智之の「JFK」の活躍でレギュラーシーズンを勝ち抜いた力強さは最後までみせられずに終わった。  千葉ロッテナインはこのシリーズを通し多くの選手が実力を発揮したこともあり、翌年春開催のWBC(ワールドベースボールクラシック)日本代表チームに12球団中最多の7人の選手を送り込むこととなる。また、このシリーズは、初戦が7回裏1死、濃霧の為コールドゲームという珍しい結末となったことでも記憶されている。  短期決戦では勝負の流れを引き寄せることが極めて重要であり、日本シリーズという大舞台では時として実力通りの結果にはならない場合も少なくない。たった4戦での決着は選手のみならず、ファンの心理さえも大きく揺るがし、ともすれば一年の締め括りとしては大きな痛みさえ伴い兼ねない。だが、何年かに一度訪れる残酷とも言えるその結末もまた、プロ野球の醍醐味とも言えるのではないだろうか。<文/佐藤文孝>
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