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父の死と詐欺メールとお経のこと/鴻上尚史

何が語られているかわからない「お経」

 でも、裸で電話を切った後、なんだか、身体からエネルギーがわいている自分を感じて驚きました。父親が死んで、気持ちが落ち込むだけでしたが、こうやって、世界は動いていて、スキあらば金をむしり取ろうとする人達のエネルギーに満ちている。世界は、個人の事情とは関係のない所で進み続けている。そんな発見があったからかもしれません。  実家で原稿用紙を発見し、少し、SPA!の原稿を書きました。その日が、締め切り日だったのです。一泊だけの見舞いのつもりだったので、ノートパソコンは持って来ていませんでした。  昔、『週刊朝日』に連載していた時は、原稿用紙に手書きだったなあと思い出しました。昨晩、担当編集者の鈴木さんに「事情があってファックスでもいいですか」と問い合わせて、OKをもらっていました。  夜7時半からの通夜では、お寺のお坊さんが来てくれました。僕の祖父が檀家の代表をしていたお寺です。叔父が引き継いでいました。  なんと呼ぶのか専門用語は分かりませんが、お経が「漢字読みくだし文」で書かれた小冊子が配られました。お坊さんは、それをお経として読み上げました。僕は少しホッとしました。今、何が語られているのか分かるからです。  去年、『月刊住職』という真面目な雑誌から、「仏教について思うこと」を書いて欲しいと依頼がきました。昔、キリスト教のお葬式に出た時、神父さんは聖書の言葉を語って死者を送りました。意味が分かる厳粛さに感動しました。でも、お経は残念ながら分からないのです。  法話というのでしょうか、お経の後に「大切な話」をするお坊さんはいます。でも、それは、ある種、くだけた雰囲気になります。死者を送る瞬間は、厳粛な儀式の時間です。  キリスト教の葬式は意味が分かる言葉で死者を送っているという体験は衝撃でした。でも、日本人にとってお経は、たとえ厳粛でも、意味が分からないのです。  この話、続きます。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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