父の死と詐欺メールとお経のこと/鴻上尚史
父の死と詐欺メールとお経のこと
前回の続き、去年の12月17日に父が亡くなった話です。
翌日、ワイシャツを地元の洋服屋さんで買い、支払いを交通マネーの「スイカ(Suica)」で頼みました。システムとしては可能と表示されていたのですが、初めての経験で15分ほどかかりました。それでも、担当者は、うまくいったかどうか不安げでした。
その5分ほど後、スマホのSMSメッセージに「ご利用料金の確認が取れておりません。本日中にNTT西日本(株)お客様サポート迄ご連絡下さい。担当:岡田」というのが来ました。
ああ、やっぱり何か問題かと、表示されている電話番号にかけましたが話し中でした。
実家に戻り、父の遺影になる写真を探し、昨日は、服のままで寝て、風呂に入れなかったので(父の遺体が置かれた小さな部屋は、臨時の扱いで風呂もトイレもなかったので)、誰もいない実家で湯船につかっている時にスマホが鳴りました。
裸のまま電話を取ると、NTT西日本の岡田さんでした。
スイカの話はしないで「お客さまがインストールしたアプリの使用料が未払いです」と話し始めました。まったく聞き覚えのないアプリだったので、「なんのアプリですか?」と聞くと「ニュースやマンガ、それからエッチなサイトが見れるアプリです」と「エッチなサイト」という部分を強調した言い方をしました。
「で、使用料はいくらなんですか?」と聞くと「去年の10月からの使用料が、計29万8000円になっています」と言われました。
この金額でピンと来ました。あとは、定型の言い争いで「そんなアプリは記憶にない」「払わないと民事の訴訟を起こされますよ」「知らないものは知らない」「いいんですか!? 裁判になりますよ」の繰り返しで、電話を切りました。
またかかってくるかと湯船の中で身構えましたが、それっきりでした。
後から考えれば、「スイカ」と岡田さんの電話はなんの関係もないと分かります。たまたま、無作為にSMSメッセージを流していたのでしょう。そして、僕も普段なら、「これは怪しい」と思って、電話しないのです。でも、父が死に、なるべく、思考しないようにしていた時だから、電話をしてしまったのです。
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